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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第7章 日常
95/232

95. 幼木

 それから数日後…。


 社内では簡素なプレゼンテーションが行われた。穂積怜の番が来た。

 彼のプレゼンはとてもわかりやすく、穂積怜自身がこのプレゼンを楽しんで挑んだことが伝わってきた。声は冷静で、耳に心地よい。


 穂積怜は、百合華が知っている限り、小学校での勉強はロクにしていない。というより、事情があり過ぎてできなかった。家庭学習をする予算も時間も無かっただろう。中学、高校のことはまだわからないが、少なくとも勉学の基礎となる小学校の授業をほぼ…いや、全く受けていないのだ。


 過酷な環境に生まれ、生まれた時からおもちゃとして遊ばれ、小学校時代は1人ホストクラブのホストにハマって豪遊していた母親がごく稀に与えた金銭を少しずつ切り詰めて生きてきた。朝ごはんは無し、昼は給食を半分、夜は残った給食を半分。そんな生活の中で、弟と妹の世話をしてきた。


 勉強の基礎が無い筈だ。


 しかし、以前Mr.Brownellという英会話の先生にたったの半年間集中授業を受けただけで、文法も発音も信じられない発達を遂げていた。


 バーテンダー時代も、愛想という重要な要素が欠けていたものの、彼の作るカクテルは誰もが絶賛した。


 どちらも、集中力、学習力、理解力、吸収意欲、達成力などが無ければできないし、本物の能無しならできない課題だ。


 勉強の基礎が無くても、穂積怜には生きていくサバイバル生活で培った知能が発達しているのかも知れない。生来の能力かも知れないが。


 穂積怜の過酷過ぎる小学校時代に比べれば、今日のこのプレゼンなど、金を貰える遊びみたいなものだろう。それでもきちんとこなしている。

 道を外さず、社会人としてプレゼンをこなしている。


 先日は「今日のたれ死んでもいい」と言っていたけど、今の穂積怜は活き活きしてみえる。どっちが本当の穂積怜だ。


 プレゼンが簡潔にまとめられ、拍手が起こった。百合華も拍手をした。

 穂積怜は一礼をして自分の席へ座った。


 不思議な人だ。

 何度思っただろう。

 もっと知りたい。穂積怜の、本当のことを。




 今日は終業後、バー・オリオンで社長の織田恭太郎とその妻優子に会う予定だった。以前優子に借りた小学校、中学校の卒業アルバムの返却と、元気そうなユーカリの苗をプレゼントするためだった。以前からの協力に感謝し、プレゼントしようと計画していたものだ。優子には言ったが、ユーカリの花言葉には、


 ・新生

 ・再生

 ・思い出

 ・追憶

 ・記憶

 ・慰め


 というものがあるらしい。今の、そしてこれからの倉木百合華、そして穂積怜の象徴となってもらえれば…。


 ———


 オリオンにはまだ夫妻は来ていなかった。

 二冊の卒業アルバムに、ユーカリの苗を抱えた百合華を見て、「大丈夫う〜?」と、また間の抜けた声をかけてくれたマスター・東であったが、「大丈夫です、今日社長ご夫妻と会うお約束なのですが…」というと、「いつものカウンター席、ワン・トゥー・スリー・よ。」と返事された。

 いつもの席は1〜3番なのだろうか。


 しばらくすると社長夫妻が「いやいやごめんごめん」と言いながら入店してきた。「いえ、私も着いたばかりです。」

 すると夫人の優子があはは!と笑った。

「何だ急に」と恭太郎が驚く。

「あれ、ユーカリの木じゃない?」

 高さ30cmほどの小さな幼木だが、ユーカリは生長がとても早い。優子はその幼木を見ただけで心を弾ませてくれたようだ。


「これはほんの気持ちです。この木がどんどん大きくなるのに負けない位、私も色んな挑戦をしていきたいと思います。どうぞ受け取ってください。」


「いい苗ね、倉木さん、嬉しいわ。これ、屋上庭園に植えてもいい?」


「もちろんです!あ、あと、お荷物になるかもしれませんが、以前お借りしていた大事な卒業アルバム2冊も、お返ししておきます。」


「どうだった?五谷は。」


「まあ、座ったらどうだ。ほら、倉木さんも座って座って。ビールでいいかい?」


 優子も百合華も頷いた。マスターはウィンクで応えた。

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