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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第7章 日常
94/232

94. 恋

「そういうワケなんですよ〜」


 バー・オリオンのテーブル席には、百合華の他に夢子、美由紀、まりりんとその婚約者の正樹、そして桑山がいる。

 最近、桑山の存在を意識している夢子は、ちゃっかり桑山の横の席に座って、若干場所も寄せている。


 夢子と美由紀には、穂積怜の髪を切りに行く話は事前にしていた。

 何故かお腹を抱えて笑われたが、美由紀の「すきバサミを有効に使うそうよ」という何ともいい加減な情報のおかげで、穂積怜の男前を上げることができたのだ。


 というのに、その後部屋では口論になり、早々に送られてしまった。帰り際も「今日はありがとう」なんて優しい言葉は無かった。「じゃ、また。」で終わりであった。


 その話を、オリオンのその場にいたメンバーにしたら皆に笑われてしまった。同情されるよりはましかも知れないが。


「つまり、もう憧れを飛び越えて恋しちゃってるって宣言してるようなものだよね。ね?まーくん。」


「だーね、まりりん。」


 よろしくやっているのは、まりりんと正樹のカップルだ。


「そうなのかなあ…はっきりと「好きです!付き合ってください!」って言えるほど確定した感情じゃ無い気がするんだよね。好きゾーンに足を踏み入れている…というか。っていうか課長の前で何言わせんの!」


 桑山がビール片手にゲラゲラ笑っている。

 桑山は誰とでも馴染んでどこででも飲める人で、バー・オリオンでも色んなロケーションで目撃されているが、今日は夢子の誘いに捕まったそうだ。


「だってー、桑山さん。それってもう好きってことですよねえ?」


 夢子が桑山にもたれかかるように言う。皆…自由でいいなあ…と百合華は思った。


「さあねえ。そういうのは本人にしかわからんのじゃないか?」

 桑山はニヤつきながら、話を楽しんでいるようだ。


「桑山さん、もう結婚は視野に入れていないんですか〜?」


 酔いの勢いにまかせているつもりなのか、本当に酔っているのか…。夢子は桑山に向かって豪速球をガンガン投げていく。


「結婚は向いてないんだ俺は。向き不向きがあるんだよ。」


「こんなこと聞いたらNGかも知れませんが、なぜ離婚されたんですか?」


 神保正樹……新卒だが中々の度胸の持ち主だ。


「俺は、ほら。仕事優先だったから。それで生活が合わなくなっちゃってね。でも神保君のところは職場同じだから、そういうズレは無さそうでいいねえ〜。」


 桑山はむっとした気配すら見せず、むしろまりりんと正樹の門出を祝福している。慈しむような、優しい目でカップルを見ている。ただし顔は相変わらず、濃い。


「神保君、結婚というのは、基本的には他人と他人が1つの家庭を作るってことだ。合わない事やすれ違う事や受け入れられない事も沢山出てくるかも知れない。でも、相手を想う気持ちを強く持っていれば、困難は乗り越えられる。陳腐な表現だけど、そういう知人を沢山知ってるんだ。俺はバツついちゃったから、偉そうなこと言えないけど、心でも体張ってでも、奥さんを守ってやれよ。」


 桑山はそう言うと持っていたビールを正樹に傾けた。

 正樹も自分のグラスを持ち上げ、軽くグラス同士を鳴らして


「すごく心に響きました。桑山課長、ありがとうございます。僕、全力で頑張って良い家庭作っていきます、見守ってて下さい!」


 フレッシュな発言に、桑山が小さく拍手した。他のメンバーもそれに(なら)った。


 百合華は思った。

 この場所に穂積怜がいなくて本当に良かった……!!



 結婚とか離婚とか、そういうスタンダードな道を進まない家庭もある。穂積怜がここに居たら、どうしただろう。怒りはしないものの無表情の中に誰にも気づかれない悲しい顔を一瞬見せたかも知れない。


 当の穂積怜は、カウンターでマスター・東と何やら会話をしていた。穂積怜にとってはマスターは元・同僚だ。話も合うのだろう。

 穂積怜が頭を触っている。髪型を褒められているのだろう。倉木さんに切ってもらったんだ。なんて言っている筈はまず無い。


「で、倉木の話に戻るけど、穂積って本当に彼女とか居ないの?」


「そうっぽいですけどねえ。課長はどう思います?穂積さんの私に対する言動。」


「相手が穂積だぞー?はい、僕も好きですなんて言う方が気持ち悪いじゃねえか。本音言ってくれただけでも誠意はあると思うけどな。」


 なるほど……すると正樹が発言した


「僕もからいいっすか?穂積さん、ああみえて結構倉木さんのこと気にしてるんすよ。話の内容とかでもちょこちょこ出てくるし。前の弁当のこととかも。あ、これ俺が言ったって内緒っすよ?

 今は恋愛はできない〜って時期って、結構誰にでもあるじゃないっすか?でもふとした瞬間に気づくんすよ、あれ、これ恋じゃんって。それは倉木さんにも、穂積さんにも言えるんじゃないすか?」


「だとよ。大人の恋愛、いいじゃないか。頑張れよ。」


 桑山は本当に嬉しそうに話す。


「ふとした瞬間、気づく…か。」


「その瞬間来たら、教えてね」


 まりりんが言う。


「わかった……って、そういうのって一々報告するもの??」


 またどっと笑いが起こった。

 最近の私はどうも道化役っぽい。うん、やはり疲れているのか?

 それでも百合華は、そんな自分の方が好きかも知れないと思っている。


 バーから出る時、桑山がすっと近寄ってきて耳打ちをした。


「調査と同じだ。獲物に食らいついていけ。物理的に食らいつくなよ?あいつには愛情を見せろ。身を引いていたら何も始まらないぞ。相手が穂積なら尚更だ。取材の結果も鑑みて、穂積に愛情を示すんだ。相手は偏屈な強敵だが、お前なら何とかやれるはずだ。何事もバランスだ、いいな。これがバツイチからの助言だ。じゃあ、気をつけて帰れよ。」


 桑山の後ろ姿を見て、そりゃ夢子惚れるわ…と思った百合華であった。

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