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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第7章 日常
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90. 髪の毛

 百合華は次の調査のプランを仕事中に考えていた。


 相沢茜に会えないだろうか…

 茜の母、みどりは、「茜は西京の商社で働いている」と言っていた。きっと忙しいだろう。それに連絡先も聞いていない。西京には様々な商社があるので、ランダムに探すのは時間の無駄だ。

 そして、みどりがあれほど話すのを嫌がったことを、娘にわざわざ聞きに行ったと思われたら、みどりも気分を害するだろう…。悩ましいところだ。


 そしてもう1つ、仕事中に考えていたことがある。

 隣に座る穂積怜の髪の毛が、ワサワサで、長くなってきている。幼少期は突然母親の都合で切ったり、自分で散切り頭にしたり、坊主になってきた事もあったと言っていたのは竹内だったであろうか。


 余計なお世話だが、穂積怜の男前を上げるためにも、是非美容室へ連れて行きたい。普段は自分で切っていると言っていたが、美容室を初めて体験する穂積怜を観察してみたいという変な好奇心もあったのだ。


「穂積さん…」


 仕事中なので、小さな声で囁いた


「あの、美容室行ってみませんか?」


「は?なんで。髪は自分で切るって言っただろ。」


「美容室、いいですよ?シャンプーしてもらえるし、気持ちいいし。やっぱ、プロのテクニックがあるし。」


「いいよ。」


 無下に断られた。


「あ、じゃあ、私が切るって言うのはどうです?」


「だから、俺自分で切れるって。後ろも鏡使ってちゃんと切ってんの。」


「なるほど……」


「……そんなに切りどき?」


「はい。正直言って気になります。」


「わかったよ、じゃあ、切って。」


「え?」


「え?切ってくれるんじゃなかったの?」


「あ、はい。あ、でも私スキルは全くありませんよ?」


「いいよ。自分で切るのは実は結構面倒なんだ。」


「じゃあ、切ります。覚悟はいいんですね?」


「なんだよそれ…っていうかあんたなんか変わったよな。」


「え、どこがですか。」



「おいそこ!私語禁止だ。」

 桑山が叫んだ。


『いつにします?』

 メモ帳に書いた。


『じゃあ今日』


「え、今日ですか。」

 つい声を出してしまった。


「倉木〜、今は【仕事】の時間だ。わかるか?()()()だ。」


「すみませんっ」

 周囲でくすくすと聞こえる。夢子を見ると、満面の笑みでこっちを見ている。


『わかりました。他はあとで決めましょう。』


 穂積怜はメモ帳を眺めると、ぷいっと自分の仕事に戻った。


 穂積怜は性格的に余計なお節介が大嫌いなのは、以前激怒されたことからもわかる。なのに私は何故、自分から髪を切るなんて提案してしまったのだろう。百合華は少しだけ後悔した。しかし穂積怜はそれを受け入れた。意外だった。


 考えてみれば、髪を切ると言うのは最高のコミュニケーション場面じゃないか。

 穂積怜に【秘密を1つだけ聞く】というカードはとっくに使ってしまったが、しかもその内容が、今パートナーは居ますかという情けない質問でカードが1枚消えてしまったのだが、それでも会話をするのは禁止されていない。過去にまつわる質問が禁止されているだけだ。


 以前車の中で、ウォーリーを探せの話をして、2人でクスクス笑った思い出がある。あんな風にクスクス笑いながらコミュニケーションが取れたらなあ……




 昼休み、屋上庭園で夢子と美由紀を呼んだ。まりりんは正樹とラブラブだったので邪魔をしないようにした。



「急なんだけど、今日私、穂積怜の髪を切ることになったの!」


 夢子も美由紀もキョトンとしている。何の話なのかさっぱりわからないらしい。


「だから、髪をね、切るの。私が。どうしよう。私、髪切るスキルなんて持ってないのに、切りましょうか?なんて自分から言っちゃった。」


 夢子と美由紀は、キョトンから一転、お腹を抱えて笑い始めた。


「そんな話、聞いたことない。ほんと百合華、うけるよ。」


 夢子も美由紀も泣きながら笑っている。完全に人ごとだ………相談に乗ってもらわなければならない。なんとか2人の爆笑を沈めなければ。


「ほんと、自分でもどうかしてるって思ったけど、ねえ、ねえ、話聞いて。ちょっと、笑うのおしまい。ね?相談したくて話してるんだから。ね?ねえ?ねえちょっと聞いてよっ!!!」


 不覚にも最後は少し怒りが混ざってしまった。

 しかしそのお陰で、2人は笑いの世界から出てきてくれたらしい。


「それで、髪を切るのね?どこで?」


「まだ決まってない。でもさ、人の髪切る時ってどうしたらいいの?」


「知らないよ、私切ったこと無いもん。」

 夢子がまた笑い出しそうになるのを必死にこらえている。


「ちょっとまって、考えてみて。やっぱり、道具があったほうがいいでしょ?穂積さんは普段自分で切ってるって、前百合華言ってたよね?じゃあ、すきバサミとか、持ってるのかな?」


「……うーん。」


「ケープとかもあった方が便利じゃない?」


「なるほど〜…。」


「ハサミはよく切れるのが良いわね、でもそれは流石に穂積さん持ってるでしょ。」


「た、多分ね。」


「穂積怜の髪切るのにお金かけ過ぎても変な話だからさ、最低限のものだけ買って行ってみたら?」

 夢子が言う。


「そう、それかいっそ、全部揃えてこれからは百合華が穂積さんの専属美容師さんになっちゃうか。」


 それを聞いて、百合華も夢子も目を丸くした。

 百合華は正直、それもありだと思った。


「最初は100均って思ってたけど、ケープだけ100均で買って、すきバサミと、髪切りバサミ、LOFTで買ってみる。」


「切る時はすきバサミを有用に使うんだよ!多分。又聞きだけど。」


「そうなんだ、やってみる。ありがとう。もう笑っていいよ。」


 すると2人はぷっと吹き出して、またケラケラ笑い出した。

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