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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
87/232

87. 27年前・6

 ———怜10歳(6年生・6月Part.3)———


 警備員に取り押さえられた怜は反抗した。意味のない反抗なのは知っている。でも家に……


 警備員と男の店員2人に囲まれ、怜はスーパーのバックヤードにある事務室に連れて行かれた。机と、折りたたみ椅子が2つ。その奥には防犯カメラの映像が写っているパソコンや、何かわからない機械が置いてあった。


 店員が折りたたみ椅子を全部で5つになるように出し、全員で着席した。


「どうしてあんなことをした?随分盗ってくれたらしいじゃねえか?」

 警備員が言う。強面な上、口調も厳しい。


 男性店員が、怜が持っていたレジ袋を開く。

「こんなに持って、どうするつもりだったの。」

 男性店員は落ち着いた口調だ。


 怜は下を向いて黙っている。


「黙ってても何も変わらないよ?君。万引きは犯罪なんだよ?知ってる?」

 店長、と書かれた札を胸につけていた男が怒鳴るように言う。


 怜は何も言わない。


「ちょ、ちょっと待ってください!誤解なんです!」


 茜が大きな声で言った。


「何、誤解って。」


「違うんです。盗ろうとしていた訳じゃないんです!」


「おいおい、どう見ても怪しい動きだったじゃないか。よその袋に詰め込んでおいて、そりゃあないよ、君。」

 店長が返した。


「カゴ、か、買い物カゴの代わりに使っていただけです!やましいことは何もありませんっ!」


「そんな冗談は通用しないよ。君ら、これは警察に来てもらう案件なんだよ。わかる?君ら、何年生よ。」


「……6年です。」


「6年で窃盗か!全く信じがたいね。」


「でも本当に信じて下さい、私たちがベビーフードとかを盗んで一体どうするとお思いですか。」


「そんなもん、知らねえよ。小さな兄弟でもいるんじゃねえのか?」


「学校は五谷だな?坊主、小汚い格好して。金、持ってるなら見せてみな。」


「あ、お金は私が払う予定だったんです!」茜が立ち上がると、


「君ね、いいかげんにしなさい。この坊主を庇おうと思ったって無駄だよ?何も変わらないんだよ、事実はね。さ、坊主よ、名前教えてもらおうか。」


 怜は何も語らない。


「いいかげんにしろっ!自分のしたことを反省してないのかっ!聞かれたことにくらい返事したらどうなんだ!」

 警備員が机を叩いて怒鳴り散らす。唾があちこちに飛び散る。


 やり取りは1時間以上続いたが、怜は何も喋らなかった。


「じゃ、警察呼んじゃうよ?いいね?」

 店長が立ち上がると、


「ちょっと待ってください!警察は勘弁していただけないでしょうか?お願いします。本当にすみませんでした。許して下さい…。」

 茜は涙を机の上に落としながら、頭を下げて訴えた。


「女の子はいいねえ、涙って武器持ってて。」

 店長が嫌味を言う。


「じゃあ、保護者呼ぶよ。両方とも、保護者の連絡先、教えて。」


 保護者と聞いた時、怜の心臓がドクン、と言った。


「あの…、彼は…事情があって保護者さんが今居ないんです。うちの母だけじゃだめですか?」


「事情って何の。」


「仕事…です。だよね?」


「なんでこいつはさっきから喋らないんだ、日本語わからねえのか?」


「すみません。うちの母の連絡先だけで、許していただけないでしょうか、お願いします。」

 茜は何度も謝罪をした。


「仕方ない。じゃ、おじょうさんの自宅の番号。あと、五谷小で間違いないね?何年何組?」


「6年3組です。どうか警察だけは勘弁してください。お願いします。」

 茜は自宅の番号をメモに書いて渡した。


 ————


「2度とこのようなことが起こらないよう、校内全体で、学級、そして教員全体で、今回の問題に取り組み、反省致します。本日は誠に申し訳ございませんでした。」

 校長が先ほどから何度も頭を下げている。

 担任もうんうんと頷き、校長と同様の動きを繰り返す。


 茜の母もスーパーの店長に会った瞬間から土下座して謝罪した。

「どうか穏便に…2度とこのようなことはさせませんから…。」


  店長たちは最後に厳しく注意したあと、店に入って行った。

 校長が怜に、『弟と妹がいるんだろう?』と聞いた。怜は動揺してしまった。「家まで送る」と校長と担任は言う。


 校長・担任と茜の母親のおかげで一旦解放された今、無駄に時間を浪費して、蓮とももを不安にさせる訳にはいかない。


 怜は何も言わず、自宅アパートへと歩いた。後ろから皆が付いてくるが気にもしなかった。


 帰宅すると、蓮が泣いていた。蓮は、怜の帰りが遅くて怖くなったらしい。ももは、タオルのおむつがぐちゃぐちゃのまま眠っている。

 2人の側に行って、怜は1人ずつぎゅっと抱きしめた。そして「遅くなってごめんな」と囁いた。


「れい!パーティーは?いっぱい人来たねー!」


 蓮はもう泣き止んで、パーティー!パーティー!と叫び始めた。


 外では校長や担任、茜の母が先ほどから相談し合っている。

 何の相談だろう……


 茜が1人、涙を流しながら、我が家の惨状を見ている。

 臭くて汚いだろ?なんて軽口は聞けなかった。


「相沢、心から………本当に申し訳ありませんでした。」


 怜は相沢に向かって出来る限り頭を下げた。


 茜は、首を縦に振り続けたまま、何も言わなかった。


 ももが目を覚まし、ぎゃーッと泣き始めた。怜はきれいなタオルでお尻を拭き、もう一枚のきれいなタオルを巻いてやった。

 そして抱っこした。ももはまだ泣いている。誕生日パーティー…おれのせいで出来なくなっちゃった。

 壁には虚しく

 ()()()()()()()()()()()()()

 の広告の裏に書いた文字が貼られている。それを見て、涙が止まらなくなった。おれのせいで…おれのせいで……


「ごめんよ、もも、ごめんよ…」


 言いながら、怜はウォーーーっと大声をあげ、慟哭(どうこく)した。


 涙はいつまでも止まらなかった。

 隣で蓮も泣いている。



 暫くすると、福祉関係の人が2人組みで来た。

「もう大丈夫だからね。赤ちゃん、一旦預かってもいいかな?」


 怜は首を横に振りながら泣き続けた。

「もう何も怖がること無いわ。あなたたちは今から、安全なの。いい?守られるの。今から、このお家を出て、安心して暮らせる場所に引っ越します。」優しい口調だ。


 しかし、怜はなおも首を振り続けた。弟妹と別れるのは耐えられない…。


「皆、バラバラに別れるんですか。」


 泣きながら怜が聞いた


「いいえ。皆同じ、新しいお家よ。安心で安全な、素敵なところよ。」



 くうううう…と唸りながら、怜はまだ激しく泣いていた。

 今までの苦しみや恐怖が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。

 この人の言うことを信じていいのか?

 母親に、殺されないだろうか?



 怜は振り返り、茜の目を見て言った。


「今日のことは何があってもおれの母親には言わないでくれる?ころされてしまうから。」


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