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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
86/232

86. 27年前・5

 ———怜10歳(6年生・6月Part.2)———


 今日は給食に一口も手をつけず、全て持って帰った。

 お腹は空いているけれど、元気はあった。

 ももの誕生日パーティーができるからだ。


 息絶え絶えながらも蓮と一緒に走って帰る。


「蓮!今日は、ももの誕生日パーティーをしよう!」


「なにそれ?パーティー?楽しそう!!!」


「今日はおれ、給食多めに持って帰ったんだ。蓮もいっぱい食べれるぞ!」


「やったあ!今日の魚のフライはおれの大好物なんだよ!」


 2人笑顔で帰宅すると、ももは嬉しそうにバウンサーで揺れていた。

 ももをバウンサーから解放し、怜が持って帰ったごはんとおかず、蓮が持って帰ったごっちゃになった分を、使えない冷蔵庫の中に入れた。


 考えてみればこの家には、皿すら無いが、まあいい。新しいビニール袋を裂いて、薄っぺらい皿を作ってみよう。


「蓮!部屋にデコレーションをしよう!」


「何それ?」


「玄関に詰まってた広告が、その辺に山になってあるだろう?カラフルで、裏が無地のやつ…何も書いてない紙を選ぶんだ。そこに、もも、お誕生日おめでとうとか書くんだよ。」


 2人は広告の中から色んな色の紙を探し出し、1枚に1字を怜が書いた。


 ()()()()()()()()()()()()()()()


 それを古ぼけて亀裂の生じている壁全体に、左から順番にテープで貼り付けた。


「れい!ふうせんとかあったらいいね!」

 蓮が興奮して言う。


「風船か〜うちには無いね。あ、でも何個かはできるよ。」


 スーパーでもらってきたビニール袋がまた役立った。皿の分をよけて、残り3枚しか無かったが、空気を入れて根元を縛ると、蓮は大喜びでジャンプした。


「マジックで色をぬろうよ!!」


 蓮は、できあがった3つの【風船】に、黄色、ピンク、青のペンでダイナミックに色をつけた。それを、もものまわりでポン・ポンと打ち上げると、ももは「キャッキャッ」と反応した。


 本当はロウソクやケーキも欲しいが、無い袖は振れない。

 今日は特性ディナーだけが、唯一の贅沢だ。


 そろそろ時間だ。窓の外には高校のグラウンドが見える。そこに大きな時計があって、いつも時間はそこで確認しているのだ。


「じゃあ、おれ、ちょっと用事あるからスーパー行ってくる。すぐ戻るから、もものこと見といてくれよ?おむつは、出たらあとでおれが片付けるから。」


 怜は、自分のブルージーンズの中に折り曲げたレジ袋が入っているのを確認して、走って【ロープラ21】へ向かった。相沢茜は既に待っていた。


「ごめん、ごめん!」走っていたため息が切れる。


「いいよ。大丈夫?」


「うん、じゃ、悪いけど宜しくな。」


 2人は店内に入った。


 店員の様子は以前少し見たが、今日もさほど変わらない。人数も同じ位だ。心臓がバクバクして、全身から汗が吹き出してくる。落ち着くために時折ふーっと息を吐いた。


 何気なく店内を見て回る振りをした。怜は無言だった。茜も無言で付いてきていた。一通り店内を見て回って、自然な感じでベビーフードコーナーに入れた。

 後ろを振り向くと、あれ?茜が居ない。心臓がまた激しく鼓動する。


 こういうのはきっとノリだ。ぱっとやって、サッと帰れば怪しまれない。余計なこと…例えば茜を探しに行ったりしたら、失敗したりするんだ。

 本当は茜に盾になって欲しかったのだが、仕方ない。自分の背中をレジの方へ向けた。


 怜は1つの幼児食を袋にそっと入れた。カレーだった。これ、もも好きだろう?心の中で思った。クリームシチュー、ビーフシチューもある。どっちも選びそうだ…そっと袋に入れた。白身魚の八宝菜、麻婆丼、すき焼き丼……どれも、ももの喜ぶ顔が思い浮かぶ。


 怜の理性というタガは麻痺していた。いや、この時点でもう機能をやめてしまっていた。

 今日の分だけじゃない、明日も明後日もその後も、いるだろう?自分に問いかけ、目に入るものをどんどんレジ袋に詰めていく。これも美味しそうだ。これはおれだって食いたい。スパゲティー、マカロニグラタン、和風パスタ……

 レジ袋がどんどん重くなるが、怜は気づかない。

 瓶詰めのは高いけど、美味しいんじゃないか?瓶のフードを手に取った瞬間…


「……穂積君?」


 突然茜が声を掛けた為、持っていた瓶のフードを戻そうとした。ところが怜の手が汗でびっしょりであった為、瓶が滑ってしまい、スローモーションのように床に落ちていった。


 怜は目を(つぶ)った。聞きたく無い音がスーパー内で響いた。



 ———バリンッ



 捕まるわけにはいかない、怜は思考を変換していた。持っていたレジ袋を床に置き、早歩きでその場を去ってみる。が、全店員が怜の顔を見ていた。終わったか。怜は全速力でスーパーから脱出しようと試みた。


 ところが入り口には、いかつい顔とガタイをした警備員が待っていた。頭が真っ白になった。終わった。

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