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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
84/232

84. 27年前・3

 ———怜10歳(5年生・3月)———


 生活必需品を買うだけで、どんどん現金がなくなってくる。

 外はまだ寒くて、家の中はもっと寒い。でも、相沢茜のおかげで雨の日の雨漏りはほとんど害が無くなった。


 怜も含めての話しだが、蓮も、ももも、どんどん勝手に成長する。ももなんか、座ったりハイハイしたりするようになってきた。部屋にはごみが散乱しているが、危ないものも色々放置してあるので、怜は気を配るようになった。

 怜たちが大きくなるにつれて、食べる量も自然と増える。給食の残飯を分けるだけでは足りなくなってきた。

 以前、先生にもらったインスタントラーメンもとっくに無くなっている。

 蓮も生意気なことをいうようになって、「れい!!ぼく、おにぎりほしいよ!」などと主張するようになってきた。


 食費が絶対的に足りない…。

 怜は自分で働けないことの不甲斐なさを感じていた。


 相沢茜は相変わらず声をかけてくれる。嬉しいが、楽しい話題に没頭する程の心の余裕が怜には無かった。


 ———怜10歳(6年生・4月)———


 1つ学年があがり、あっという間に6年生になってしまった。だが喜ばしいことがある。蓮が入学したのだ。

 入学式は先生が親の代わりをしてくれたらしい。

 学校の手続きはよくわからないので、全て先生任せにしている。


 蓮が入学したということは、給食の持ち帰りが倍になるということだ。

 蓮自身もそれを大喜びしていた。いつも腹3分くらいで抑えていたのが、腹5分、6分まで増量するかも知れない。ももはまだ離乳食のレトルトを買わなければならないが、ミルクの量は減らせるらしい。先日、市立五谷図書館で再び調べてきたのだ。


 ももの夜泣きが多くて、蓮も「もも、うるさい!!」と機嫌が悪い。ラッキーだったのは、このぼろアパートは近隣の人というのがほとんどいないことだ。夜中に「うるさいんですけど!」とか言ってくる他人が居ない。怜は自分の生活圏に他者が入ってくるのを恐れている。理由は勿論、実母弥生の存在だ。弥生は世間から、子ども達の存在を隠している。少しでも他者の介入があった痕跡を弥生が知ったら、大鉄槌(だいてっつい)が落ちてくるのだ。


 セールス関係者なども含め訪問者は滅多に無いし、ここは空室だらけで、住人がいると言っても変な人しかいない。だからその点はこの家は隠れ家的で安心できる。


 蓮が通学するようになってから、確実に怜と蓮の食事の量が増えた。蓮は「他の子が残した分もかっぱらってる」、と言った。この世には倫理とかいうものがあるらしいが、蓮のしていることを「やめろ」とは言えなかった。


 食事の量が増えたのは喜ばしいけど、ひとつ困ったことがあった。

 怜と蓮が学校へ行っている間、ももを1人きりにしなければならないのだ。

 あと2ヶ月で1歳を迎えるももは、いわゆるつたい歩きとか、手でつかんだものを口に運んだりとかができるようになってきている。

 あのごみ屋敷で、成長したももを1人にしていたら起こりうる危険は山ほどある。


 悩みに悩んだ怜は、隣の市にあると耳に挟んだ赤ちゃん用品専門店に電車で行ってみることにした。ももは蓮に頼んでおいた。


 電車に乗るのは初めてだったので、どうしたら良いのかわからなかった。無人駅だった。

 駅の中に恐る恐る入り、到着した3両編成の列車に乗った。お金はどうやって払うんだろう。すると車掌と思しきおじさんが怜の近くに来て止まった。「ぼく、お金は?」と聞かれたので、一駅分払った。


 隣の市の名前は綾谷駅という。五谷より開発が進んでいて、店の数も多い。だが、都会とはとても言えない。


 綾谷にあかちゃん専門店があるのは、学校の生徒が話しているのを小耳に挟んで知った。しかしどこにあるかは分からなかったので、駅員に聞くと、駅から歩いて15分位の分かりやすい場所だという。

 怜は時間短縮のために走った。するとうさぎのマークが見えてきた。あれかな?更に早く走った。

 近くに行くと看板に、【ベビー用品・こども子ども服】と書いてあった。ここだ!


 怜は自動ドアから店内に入るとめまいがした。ベビー用品が所狭しと並んでいる。店員がいぶかしげに「いらっしゃいませ〜」と言う。


 怜は店員に事情を説明する嘘を考えるのが面倒臭かったので、自分で何か良いものが無いか探すことにした。怜たちが留守の時にももに危険が及ばないような道具を。


 怜の目にとまったものがあった。


 ———そうか!ベルトのついた椅子みたいなのがあればいいんだ。


 怜はバウンサーと書かれたエリアへ行くと、18ヶ月まで使えるバウンサーたるものを見つけた。値段は…SALE品で、税込5000円。一般的に安いのか高いのか全く分からないが、怜には非常に高かった。これを買うとなると、残っている現金が一気に無くなってしまう。


 しかし、ももの安全を考えたら……毎朝11時50分頃家を出て全速力で学校へ向かい、12時20分からの給食ギリギリの時間に行って、給食を貰って給食終了を待たずに12時30分には学校を出て、ご飯を食べた後であることを考慮して多少動きが鈍くなるとして、帰りに走って40分かかるとして…予定通りに行けばおよそ1時間とちょっと。その為にこのバウンサーを買うべきか………


 ももの安全のためだ。

 部屋を片付けると言う手も考えたが、どうせ1人でやらなければならないのだ。やはり時間も気力も無い。

 約1時間。でも後悔はしたくない。怜はお腹のあたりがもやもやするのを感じながらも、そのバウンサーを買うことに決めた。色はブラウンしか無かった。

 見本品の下に、薄いダンボールに入っている商品が並んでいた。折りたたみ式らしい、これなら持って帰れる。


 怜は最後まで葛藤しながら、5000円を店員に渡した。

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