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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
83/232

83. 27年前・2

 ———怜10歳(5年生・2月)———


 相沢茜の善意のおかげで、ひとまず雨漏り対策が出来た。

 推測通り、汚い不法投棄エリアで泥まみれの巨大なブルーシートを見つけた。それを風呂場の冷水で洗って、スーパーで買ったガムテープで部屋の四方にテープを貼り、心もとない所には補強のために更にガムテープを貼り、直接天井からの水滴が生活区域に落ちてこないよう工夫できた。


 少し遠いが、五谷の小さな駅前に、古着屋がある。古着の中でももう売れないもの…例えば毛玉が多かったり、穴が空いていたり、名前が書いてあったりするものがワゴンの中に入っている。処分品だ。


 それを知っていた怜は、弟たちを置いて、寒風吹きすさぶ中走って駅前の古着屋へ行った。安心したことに今日もワゴンはあった。

 値段を見てみると、1つ50円とか100円とかだ。怜の心は跳ね上がった。


 サイズなんかどうでも良い。とにかく暖のとれるものを…毛玉だらけのノーブランドのセーター、穴だらけのトレーナー、何かをこぼした跡がくっきり残っているジャンパー、薄いけど無いよりはマシそうなコート、手作りっぽい赤ちゃん用の靴下や帽子、蓮がかぶれそうな毛糸の帽子、これで600円だった。自分も寒いので1つだけ防寒着が欲しかった。少し大きいが、フード付きのナイロンのコートが200円で売っていた。良くみると、内側の生地が裂けていて中綿が飛び出ている。そんな事全く構わない。怜は840円を支払って、大きなレジ袋を抱えて家路についた。


 もちろん、買ったばかりのコートを着て。


 蓮は、ゴミのトランポリンをジャンプして大喜びした。早速着てみると格段に暖かい。ももにも、帽子や靴下(サイズは合っていなかったが)、セーターを着せてみた。にこにこ笑っている。きっと嬉しいのだろう。


 雨漏りと寒さの対策は、表面的にはできた。

 できればストーブが欲しいなあなんてことも考えたが、さすがにその考えは振り払った。


 2、3日、怜はコートを着て登校した。誇らしかった。

 しかし、相沢茜には会いたくなかった。彼女のお金で買ったということがバレたら、———いや、見た瞬間バレるだろうが———、きっと彼女を傷つけてしまう。

 後ろめたい気持ちは常に持っていた。

 でも同時に感謝した。この、極寒の気候の中、茜からの借金が無ければ本当に凍死していたかも知れないのだ。特に赤ちゃんは自分の温度調節が下手くそらしい。ももの命を救ってくれて、蓮の紫色だった唇を赤に変えてくれて、ありがとう。

 頭の中で、ありがとうとごめんなさいを繰り返した。


 ある日、給食を食べ終え、夕食分の残飯をタッパーに詰めていると、茜から声がかかった。怜は、土下座して謝る準備をすでに始めた。


 いつも通り、体育館の横の人目のつかない場所につくと、茜は怜の目を見た。

 茜は言った。


「本当に綺麗な目。調べたんだけどね、多分、穂積君の瞳の色は、明るいヘーゼルっていう色だと思う。ヘーゼルの中でも色素薄いね。」


 茜は怜の瞳をいろんな角度から見続けている。


「ヘーゼル……」


「うん…。」


「穂積君、今日は話があって…」


「うん……。」


「最近、コート着て来てるよね。あれ、私のお金で買ったの?」


 ストレートに聞いてくる。


「………。ごめん。なさい。」


「妹さんが病気とか、弟さんの靴が、とか、嘘だったの?」


「………お金が必要だったのは本当だったんだけど、病気とかは…うん。嘘だった。」


「酷い。」


「うん。本当に、ごめんなさい。申し訳ありません。」


「酷いよ穂積君。嘘は酷い。」


「本当だね。嘘は積み重ねるとくせになるって、前に誰かに聞いた。おれ、ダメだと思いながらも欲が出て、つい嘘ばかりつくようになって…ごめんなさい。」


「このことは、私のお母さんにも言ったの。」


「………えっ」


「穂積君の家庭環境の話はしてない。けど、お金を貸したっていう話だけ。」


「………。」


「そしたらもう、貸したらダメだって。」


「そりゃ、そうだよな。」


「でも……穂積君や、弟さん、妹さんが少しでも楽になれたなら、貸した甲斐があったかなって思う。だから、使った分は返さなくて良いよ。でもごめん、残ってる分は、返してくれる?」


「ありがとう……遊びとかには使ってないんだ。雨漏りしないよう補強して、凍死しないよう服を買った。でも残りはあるから、ちゃんと返します。本当にありがとう、相沢さん。」


「うん。じゃあ、ここからは今まで通りで!いつも通り、友達でいようね。」


「いいの?」


「いいよ。」


「ありがとう。」


「いいえ。どういたしまして。さ、弟さん達が待ってるんでしょ?帰る準備しないとね。」


「うん。いつか、お礼……できるかわからないけど…できたらするから。」


「期待………してないよ!」茜はかわいく笑った。


 欲に負けた自分が恥ずかしかったけど、相沢が相沢で良かった。

 おれは相沢になにができるだろう。考えたけど、思いつかなかった。

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