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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
81/232

81. 28年前・11

 ———怜10歳(5年生・12月)———


 いよいよ外が寒くなってきた。五谷の狭い町でも、なんとなくクリスマスムードが漂っている。


 私立五谷図書館で相沢茜に声をかけられてから、学校で会った時に前より会話するようになった。怜には友達が居なかったから、悪い気はしなかった。


 オンボロアパートは隙間風が体を刺激する。蓮は、この間弥生が来た時にご機嫌で(外面は)買ってくれた黒い長Tシャツと、チノパンを履いていたが、この隙間だらけの家では防寒着でも着ないと身の保温はできない。蓮は自分を温めるために、小さくて、ゴミだらけの部屋で暴れまわって体温をあげていた。


 ゴミをごみ収集の日に出す、ということを怜はしなかった。できなかったのだ。毎日のももと蓮の世話で手一杯で、毎日疲れていて、部屋の清潔のことまで手が回らなかった。おかげで今は、怜たちの家というより、ゴミの家に怜たちが住まわせてもらっているようだった。


 図書館で学んだように、ももには離乳食を開始した。ミルクもまだあげている。本当は具材を買って、だしを取って自分で作る方が割安なのかも知れないが、怜にはその時間も技量も気力も無かった。そもそも、弥生はこのアパートで料理をしたことが無いから、台所用品が一切無いのだ。包丁もまな板も無い。それらを買うなら、安心安全で気持ち的にも余裕が出来る、レトルトの離乳食を買った方が賢明だ、と怜は考えた。

 

 スーパーで探すと案外たくさんの種類があった。各月齢に合わせて調理されている。栄養なども考えられているので、やはりももの為を思うとレトルトが良いと思った。

 問題は何にせよお金がかかることだ。料理ができれば沢山作って冷凍保存などが出来るらしい。どちらにせよ、アパートの冷蔵庫は動いていないし、冷凍庫もついていないのだが。


 ももは、ミルクもよく飲み離乳食もご機嫌でよく食べた。健康的で良いことだが、例の頭にはいつもお金のことがよぎってしまう。

 ももだけでも、定期的に、ミルク、離乳食、おむつを買わなければならないのだ。ガスボンベも定期的に必要だ。3万5千円もあっという間に消えてしまいそうで怖い。節約しているつもりでも、既に1万円以上は消費している。

 以前、弥生が来る前に、気絶しそうなほど飢えと疲れに負けそうになったので、再びあの苦痛を味わうのが怖い。当然、弟や妹にはそのような体験を二度とさせたくない。



 ————

 その日も怜は給食だけを食べに学校へ行った。


 学校の図書館には、ももの養育に関して参考になる本は無いかな…さすがに小学校の図書館には無いよな…と思いながら、足は図書館に向かっていた。


 学校の図書館にも司書が居るが、今回はちょっと嘘をつきにくい。仕方がないので、図書館を片っ端から探ることにした。

 明らかに違うジャンルは飛ばして、人間に関わる情報が載っていそうな本を探した。やはり、なかなか無い。


 怜は図鑑のコーナーへ行ってみた。「人間」という図鑑があったので、手に取ってみた。

【いのちのはじまり 女の子と男の子のちがい】というページで、各年齢の男女の裸の姿が描かれている。怜は急いで本を閉じ、周囲を確認した。誰もいなかった。「人間 命の歴史」という図鑑もあったが、同じ事が起こりそうで手に取れなかった。やはり学校には無い。


 ちょうど昼休みだったので、生徒は外で遊んだり、騒がしかった。

 図書館の窓から外をみると、校庭で沢山の生徒がそれぞれ自由に遊んでいる。

 孤独感は感じなかった。


「穂積君」


 相沢茜だ。怜に声をかける生徒は彼女だけなので、すぐわかる。

 振り向くと茜は「何してんの〜」と、隣へ来て一緒に校庭を見つめた。


「いや、別に…」


「そっか。」


 今日も茜は詮索しない。

 怜は、茜になら話してもいいか、と思い、真実の100分の1くらいを話してみようと思った。


「おれんとこ、金無いから、どうしたら節約できるか…そんな本無いかなって思って今日この図書館に来てたんだ。」


「お母さん、お金くれないの?」


「たまにくれるけど、結局ももの…妹のおむつ代とかで結構かかって、すぐ無くなっちゃうんだ。弟も良く食べるようになってきたから、給食の残飯じゃ間に合わなくなってきて。」


 怜は苦笑しながら、図書室の椅子に座った。

 茜も隣に座る。


「自分で食材買って作ったら安くあがるんじゃない?」


「うち、台所用品が1つも無いんだ。おまけにガスも電気も止められてるから冷蔵庫も使えないし。あ、これ、絶対に誰にも言うなよ。」


「わかってるよ。そっか…今お母さんどこにいるの?」


「梅下田。何してるのかはわからない。」


「梅下田??」


 図書館の司書のおばさんが、しーっと、唇に人差し指を当てる。茜はすみません、と頭を下げる。


「次いつ帰って来るか、わからないんだ。こんなこと…相沢に頼むのは本当につらいんだけど、500円貸してくれないか?明日、弟の誕生日なんだ。」


 本当のことだった。蓮にプレゼントなんかあげたことは無いが、もう6歳になる。スーパーの50円のおにぎりをいくつか買ったら大喜びだろう。相沢に頼んだ金額は、それに少し上乗せしているが…。


「わかった、ちょっと待ってて。教室から持ってくる。」


 怜は茜に500円を貰い、必ず返すからと約束してお礼を言った。

 初めての借金だった。

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