80. 28年前・10
———怜10歳(5年生・11月・Part2)———
相沢茜。不思議な人である。
茜は金持ちだと聞いたことがある。見た目もかわいらしくて、初々しい。髪が長くて、ポニーテールをしている。モテると聞いたことがある。他人のことを「誰にでも優しい」……と表現するのは簡単だが、怜も含めて誰にでも優しいのは茜だけであった。
怜は小学校ではずっと異質な存在であった。
ろくにご飯は食べていないのに背がだんとつで高かった。ところがその、背の高さは怜に威厳を与えることは無かった。何故なら体の線が細く、怜がパンチをする姿を想像すると皆笑ってしまうひょろさだったからだ。
怜は毎日同じ服を着ていた。白いTシャツにブルージーンズ。ジーンズは履いているうちに味が出るとどこかで聞いた覚えがあるが、穴が開いたり、裂けたり、泥だらけになったり、短くなるのも【味】の1つなのだろうか。
Tシャツもサイズが小さくなってしまい、よく言えば今は体にフィットしていた。怜の身長が伸びる速度は他の子より早いようなので、臍が見えるようになるまでもう間も無いだろう。白だから汚れがよく目立つ。夏は毎日洗濯できるが、冬は1週間同じ服を着て登校して「臭い、臭い」と良く言われた。
黒くて、ウェーブした髪の毛も、他の日本人の子ども達にはほとんど見かけられない髪質であった。その髪が日に日に伸びていき、「目が隠れた!」「鼻が隠れた!」とからかうのが同級生の遊びになっていた。時々髪を切って登校すると、それはそれでからかわれた。
そして真っ白な肌は、「おばけ」だとか「ドラキュラの生まれ変わり」だとか、好きなように言われた。
給食だけ食べにくるのも、クラスメイトには君悪がられた。本人に聞こえるように「浮浪者!」「ホームレス!」「貧乏人!」と罵られた。
勉強をしに来ないのも「ずるい」だの「落ちぶれ者だの」、ストレートに「馬鹿」と言われていることも知っていた。
そして何よりも、人の関心を掴んでやまなかったのは、怜の瞳の色だ。
純粋な日本人は、ほとんどが濃い茶色、一般的には黒く見えるが、怜の色素の薄い瞳の色だけは威圧感があった。
誰かが怜を馬鹿にしても、基本的には怜は気にしなかったが、あまりにしつこかったり煩かったりすると、怜は相手を一瞥する。それだけで相手の言動は止まった。怜は自分の瞳の色を、【平和へのパスポート】だと思っていた。しかし自分の瞳を何色と呼ぶのかは、怜自身知らなかった。
なにはともあれ、怜は学校では邪険に扱われていた。どこへ行っても「ガイジンが来たー」などと避けられることなど日常茶飯事だった。
しかしそんなことより、給食の方が大事だったので、怜はめげたことが無い。
冷遇される小学校内で、唯一何も気にしていない人が居た。それが茜だった。
怜が貧乏でも、ハーフでも、勉強をしなくても、臭くて汚くても、何も言わなかった。それどころか、囃し立てるクラスメイト等がいたら、「やめてくれる?」なんてことをサラッと言う。不思議な人だった。
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「何調べてたの?」
「いや………別に、何も。」
「ふうーん。」
こう言うこともしつこく詮索しないのが茜らしいところだ。
「ねえ穂積君、ちょっと外でない?」
返事を待たずして茜は1人図書館を出て行った。怜は急いで本を片付け、茜について行った。
図書館を出てすぐの所にあるベンチに茜は座ろうとしていた。
「穂積君も座って。」
怜はおとなしく座った。
「学校でのこと…色々あると思うけど、辛くない?」
「学校で?ああ、色々言われたり?うん、全然気にしてないよ。」
「そう…、良かった。気にしてなさそうだな〜とは思ってたけど。」
茜は1人笑った。
「穂積君さ、小さい弟や妹がいるんでしょ?」
「何でそれを…知ってるの?」
「色々経緯があってね、知っちゃったの。でも、誰にも言ってないから安心して。」
「そっか……。黙っててくれて、ありがとう。」
「私にできることあればしたいから、何でも言ってね。」
「うん、ありがとう。」
「あと、これからはもっと、会話しよう?ね?」
「………わかった。そうしよう。」
茜は立ち上がり、「急ぐんでしょ?また明日ね。」と言い残して図書館に入って行った。
図書館の前の広場にある時計を見ると…確かに急がなければならない。2時間で帰ると約束したのだ。
怜は、茜の優しさに疲れた心を少し癒されつつも、気持ちを切り替えて全速力で家へと走って行った。




