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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
78/232

78. 28年前・8

 ———怜10歳(5年生・10月・Part2)———


 写真を撮った後、一旦家へ戻った。

 そういえば、弥生が突然このアパートのドアを開けた時、両手に大きな袋を沢山持っていた。その幾つかは、弥生の私物で有名ブランドのハンドバッグやボストンバッグだったが、大きなレジ袋や紙袋もあった。


 写真屋に行く前は恐れのあまり、持ち物のことなど考える余裕は無かったが、撮影が終わり家につくと、弥生が大きなレジ袋と紙袋をゴミだらけの部屋のど真ん中に置いた。雨漏りはまだ続いる。


 何かと思ったら、弥生がご機嫌な声で言った。


「あんたたちに、お土産だよ〜。」


 鼻高々に広げたレジ袋からは、【ジャンボ特盛お買い得弁当1つ】【からあげ4個入り1つ】【フライドチキン2つ】【ジュース3つ】【ポテトチップス1つ】【板チョコ2つ】【いちご味飴1袋】


 それぞれを、足の踏み場のない部屋に雑に並べてく。


「ほら、あんたら感謝がたりないんだよ。美味しそうだろ?コンビニったって結構高いんだからね。五谷はコンビニ駅前に1個しかないって知ってた?どんだけ田舎かって話だよったく。」


「母さん……話を、聞いてほしいんだ。」


 怜ははっきりとした声で、でも恐怖を隠しきれずに言った。


「あん?なんだよ、あたしがこれだけ買ってきて、ありがとうもなしで文句でもあるってのか?」


 予想通り、自分の思う通りに行かないとすぐ怒鳴る。


「違うんだ。買ってきてくれたのは凄く嬉しいし、助かる。ありがとう。」


「言いたいことってなんだよ」


「本当に、本当に、お金が無いんだ。前にもらったのは全部、もものミルクに使ったし、それも足りないから最近は……最近は、すっごく薄いミルクをあげてるんだ。お腹が空くのがすごく困ってる。もう、2ヶ月も電気とガスが止まってる。お風呂にも入れないし、とにかく大変なんだ。」


「ふう〜ん。」


 弥生は言って、煙草に火を点けた。

 大きく息を吸って、ため息とともに吐いた。


「金、金、金、ねえ。あんた自分で働けないくせに頼み方が生意気なんだよ。でもあの金で、やってこれたんじゃん。ってことはできるってことじゃん。えっ?何?ってことは金もっとふんだくろうって魂胆?」


「いや、違うよ……母さん、おれ達もう、限界だって言ってるんだよ…助けてよ。」


「限界?あんたみたいなガキが、限界の何を知ってんだよ。あたしだって限界の中を這い上がって生きてるんだよ。あんたにあたしの苦労がわかるっての?え?金稼ぐのに命張ってんの、わかってんのかって言ってんだよ!」


 弥生は吸っていた煙草を怜に向かって投げた。

 怜には当たらなかったが、雨漏りで湿気っていた部屋の中、投げられた煙草は何もしなくても水たまりに当たり、ジュウ…という音を立てて火は消えた。


 弥生の声が大き過ぎて、怜は恐怖で萎縮してしまった。何も言い返すことができないことが、長男として情けない。


「……母さん、母さんはすごいよ…本当にすごいよ」



 ———子どもたちがこんなに追い込まれていることを、こんなにやせ細っていることを、こんなにお願いしていることを、気づかないなんて本当にすごいよ…。



 怜はそれ以上声が出なかった。急に声が出なくなったのだ。喋り方を忘れてしまったかのように。


 正座していた怜は、そのまま前に頭を突っ伏した。



 (お願いします。金だけ置いて、もう消えてください。)



 すると弥生は土下座されたと勘違いしたのだろう、


「そこまで言うなら仕方ないねえ、あんたもいいかげん人の苦労ってもんをわからないとろくな人間にならないよ。」


「泊まっていこうかと思ったけど、この部屋だもん。無理じゃんかよ。修理もできないのかよ、次来るまでには雨漏りくらい直せるようになっとけよ。今日はオータニにでも泊まろっかな。だったらデイヴィッド連れてくれば良かった。あたしの今のカレシ。でも子ども居るって言ってないし〜、連れてこなかったの。」


 弥生はブランドバッグを自分の近くに手繰り寄せ、ブランド財布を取り出した。

 怜は少し頭を上げた。


 ———本物かな…?


「本物だよバカ。」


 心の中も筒抜けか……



「じゃ、今回は奮発しちゃって、3万円〜!あたしが頑張ってるお陰なんだから、あんたたちはあんたたちでやってってよ。」


 弥生は3万円を怜の前に放り投げ、再び煙草に火をつけた。

 怜は札が湿る前に大事に抱きしめた。


「………ありがとう、母さん。」


「あと、電気代とガス代…出して欲しいんだ。」


「そこにボンベあるじゃんかよ、あれでいいだろ。贅沢言ってんじゃないよ。ちっ。仕方ないね、あの替えのボンベ代だけ出しゃいいんだろ」


 弥生は煙草を咥えながら財布の中を見つめ、少し悩み、5千円を怜に投げた。


 5千円を拾い上げ、煙草をくゆらす弥生の顔を一瞬だけ見た。26歳には見えない。けばくて、二重アゴで、化粧で全てをごまかしている。

 怜たちも、汚れていて臭くて汚いのはわかっている。でも、母さんの汚さにはかなわない。

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