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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
77/232

77. 28年前・7

 ———怜10歳(5年生・10月)———


 怜と蓮は、保育園や幼稚園には通っていない。母の弥生が通わせなかったのだ。理由はきっと、「金がもったいない」とかそういう単純なことなんだと思う。


 弥生は常識にも子育てにも無関心だったので、怜は入学式にも参加できなかった。学校が始まったのは、担任の先生が家まで迎えに来て知った。

 先生がどうやって家の住所を知ったのかは知らない。


 弥生からは、誰が来ても絶対にドアを開けるなと命令されていたので、先生が来た時も当然開けなかった。声からすると男の先生みたいだった。


「この間、君のお母さんに会ったんだ。お金はかかるけど、学校へ来れば給食が食べれるって話をしたらね、お母さん、だったら学校へ行けばいいって言っていたよ。だから一緒に行こう。」


 そう言われて、そっとドアを開けた。チェーンの鍵はかかったままだ。


「お腹空いているよね。今日、今からでも間に合うよ。行こうか?」


「でも母さんに…」


「お母さんからは、いいよって言われているんだよ。心配しないで一緒に学校へ行こう。」


 怜はチェーンの鍵を開けると、そこにはもう1人笑顔のおばさんが居たのでびっくりした。後にそれは教頭先生だと知る。その先生達と手を繋いで怯えながら学校へ行った。


 当時はまだ、昼間、弥生が家に居たことがある。ほとんどの日はパチンコで金と時間を費やしていたが。

 恐る恐る、「今日学校行った…」と報告すると、弥生は

「あ?タダメシ食って来い。」とか言っていた気がする。本当は給食費かかるのに。



 あれが何年の時だったか思い出せない……1、2年の頃だっただろうか?

 何で昔のことなんか思い出したんだろう。


 それにしても今日は朝から雨だから、雨漏りが酷い。頭の上に水滴が落ちてくると飛び上がりそうになる。結構気持ち悪い感覚だ。空腹も相まってイライラする。


 怜は気持ちが塞いでいた。最近はももに、ちゃんとしたミルクをあげてやれない。沸かした湯に入っているのは、ごく微量のミルクの粉だ。

 ちょっと前までは、成長を喜べたのに、最近は細っそりしている気がして心配で仕方がない。

 ただ、いつの間にか首がしっかりと立つようになって、ぐにゃりと曲がらない。抱っこの仕方も楽になった。


 でも、こんな雨の日は、夜泣きも激しいのだろう。また朝まで、ももに雨がかからないように工夫しながら、ゆらゆら寝かさなければならないのか…。


 普段やんちゃな蓮も、最近はおとなしい。ゴミの空き箱を使って車を模して1人で静かに遊んでいる。



 そんな時だった。外からカツカツカツカツというハイヒールの音が聞こえ、突然怜たちの居る部屋のドアが開いた。


「くーーーっさーーー。あんたらよくこんなクッサいとこで生きてるよね。雨漏りすごくね?まあいいや。今日はさ、写真撮り行くから用意しな。ほらさっさと用意するんだよ!今すぐ行くんだから。」


 弥生だ。

 突然のことに、怜も蓮も固まってしまった。

 しかも言っている意味が良くわからない。わからないから焦る。いつ弥生の平手が飛んでくるかわからない。


「あらーー、ももたん、おっきくなってえ〜」


 弥生はももを抱っこするが、弥生がギャーと泣いた。

 怜の背筋が凍った。


 ———もも…その人を刺激しないでくれ…頼む……


 しかし弥生は「んっだよ、産んでやったってのにギャーだってさ。」と悪態をついて、ももを元居た場所に寝かせた。


「ほらほらほらほら、お前らだよお前ら!用意しろって言ってんだろうが。」


「母さん、もうお金が無いんだ、もものミルクも無い…電気もガスも…」


「ああ?お前、あたしのことなめてんの?今そんな話してんじゃないんだよ、さっさと出かける用意しろって言ってんだよ。え、まさかその服しか持ってないわけ?」


 怜と蓮は怯えながら頷く。


「うっそだろーおい!金置いてったんだから買やーいいじゃんか。まあいいや、行く途中で買ってやるよ。言っとくけどあたし今、超リッチだからね。服かって、髪切って、そんで写真だ。おい、座ってないでさっさと動けウスノロ。」


 怜はももを抱っこし、蓮の手を引いてさっと靴を履いて部屋を出た。

 蓮が靴を履くのにもたついていると、「てめえ、おっせーんだよっ」と叫ばれる。

 怜も蓮も、生きた心地がしなかった。


 店に入ると、怜たちが目と耳を疑うほど弥生の態度は変わる。

「怜くんには、これとこれがお似合い。蓮くんはどっちがいい?ももたんはこれがピッタリ。」

 声のトーンも全く違う。

 理由なんてどうでもいい。反動が怖い。と2人は思った。


 美容室で、怜と蓮は髪を短くカットしてもらい、ワックスで特別用にスタイリングしてもらった。もちろん、弥生の媚を売るような声で、ああして、こうして、という細かい注文が入りっぱなしだった。


 最後に写真スタジオへ行った。沢山の衣装が飾ってある。

 ああ、写真ってここの事か。怜は思った。つい去年だかさほど遠く無い日に撮影に来たことがある。スタッフがアレコレ頑張って怜と蓮を笑顔にさせようとするのだが、怜は無表情のままだった。写真の出来上がりを見て、家で弥生に蹴飛ばされた。

 今回は、ももが主役らしい。皆、変な衣装を着させて写真を何枚も撮られた。


 ———母さん、写真どころじゃないんだ。

 でも母さんは、撮影が終わったらどこかへまた消えてしまいそうな嫌な予感がした。

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