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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
76/232

76. 28年前・6

 ———怜10歳(5年生・9月)———


 まだまだ暑い日々が続く。

【何でも屋】もとい、片桐夫妻のおかげで、何とかももにミルクをあげることはできている。

 しかしもう、残りのミルクも、お金も無くなりそうだ。

 いよいよ追い詰められてきた。


 3人が暮らす【コーポ室井】の造りは家としての機能をほとんど果たしていない。夏の猛暑日は、普通の家庭では部屋でエアコンを使って心地よく過ごすらしいが、怜にはそのような経験が無い。窓を開けていても、家の外より室内の方が暑いのではないかと感じる。


 そんな折、突然蓮が夏風邪を引いた。

 もしかして、と思ったら案の定、ももにその風邪がうつった。

 風邪をひいた赤ちゃんをどうしたら良いのかわからない。前に【ふくしのひと】が来て、ももは病院に行けないと言っていた。


 片桐夫妻——特に妻の美春はとても優しかったのでいざという時助けてくれそうだったが、下手に人を頼ると天罰が落ちる気がしてやまない。今までも人を頼ろうとして、結局弥生に見つかり、酷い仕打ちを受けた。美春を巻き込むのは避けたい、怜はそう思って、自分で看病することにした。


 熱があるのだろう、部屋が暑いのもあり、汗をよくかく。服は2セットしかないので、怜は時間があるたびに洗濯して、物干しにももの肌着を干した。

 そして何度も着替えさせた。


 先月自分が倒れた時、美春さんが麦茶をくれて元気が出たのを覚えている。麦茶は無いし、水をあげていいのかわからなかったので、ミルクの粉を少しだけ入れ、薄めて、かろうじて白濁した飲み物を何度も、ももに与えた。のどが乾くのか、ももはそれを良く飲んだ。


 うちわで仰いだり、水で湿らせたタオルで全身を拭いてあげた。ワアワア泣く日は泣き止むまで抱っこをし、鼻水で苦しそうな日は自分の口でももの鼻を吸って鼻通りを良くしてやった。こんなことしていたら、自分にも感染るんじゃないか、と思いながらも、自分はこの家で一番大きいから、一番病気にも強いんだと思うことにした。


 蓮は5歳なので、ある程度身の回りのことを自分でできるが、手助けは必要だ。特に体調が悪い日は面倒を見てやらなければならない。

 蓮が数日寝込んだ日は、ももにしたように全身を冷たいタオルで拭いたり、うちわであおいで「がんばれ、がんばれ」と応援した。蓮はみるみる回復し、そのうちももも元気を取り戻した。



 怜と蓮は朝ごはんは食べない。

 怜は、大体、学校の3、4時間目を狙ってのんびり登校する。なるべくももの側を離れない為だ。蓮は通園などはしていない。

 午前中の空腹感にはもう慣れているが、給食の時間が近づくと食欲という本能が抑えきれなくなる。


 怜には決め事があった。

 給食は、必ず半分残して、残りは持って帰るということだ。持ち帰った残飯は、怜と蓮の貴重な夕ご飯になる。


 ところが困ったことに9月は学校は夏休みだった。生活の事情を誰かに話したことは無いし、聞かれても黙っていたが、学校の先生が「学校に顔を出せばおにぎりをあげるよ」と言ってくれた。

 実際に夏休みが始まって、走って学校へ行くと、大きなおにぎりを3つもらえた。学校の先生が順番で作ってきてくれているという。おにぎりも2分割すれば昼・夜のご飯にはなる。怜はそれをありがたくもらうことにした。弥生に見張られていないことを切に願いながら。



 学校が始まったら、家にあったタッパーを持参して登校する。

 固形物の給食が多い日はラッキーだった。持って帰りやすいし食べやすい。

 ゼリーやプリンなんかが出た時は、最初から袋に入れておいた。滅多にない、自分たちへのご褒美だ。

 給食が目の前にきたら、号令など待たずに食べ物を次から次へと口へ運ぶ。

 最初の頃こそ、周囲のクラスメイトに『汚い』とか『気持ち悪い』とか言われたが、こっちは命がかかっているのだ。


 どんなに心が強くても、食べなければ人は死んでしまう。

 前は唐突に弥生が戻ってきてコンビニ弁当を置いて去って行ったが、今回の失踪以来1度も来ていない。

 とりあえず飢え死にだけはしないように、給食を1日2分割する作戦は今の所功を奏している。


 しかし悩ましいのは、もうすぐお金が底を突くこと。ミルクがなくなること。部屋が猛烈に暑いことだ。8月よりましになったと誰かが言っていたが、コーポ室井にはそんな気配は無い。

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