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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
74/232

74. 28年前・4 

 ———怜10歳(4年生・8月)———


 弥生が出て行った時に残したお金は、1万3千5百円。

 怜が地域のスーパー1番安いミルクを買うことにした。一応ミルクの缶に書いてある説明書きを読んで、適量をあげている筈なのだが、なくなるのがとても早く感じる。お金はミルク代に取っておかなければならない。


 ある日、突然電気とガスが止まった。

 怜は壊れたのかと思って、首をかしげながら電球をいじったり、コンロを叩いたりしてみたが、再び明るい電気が輝くことはなく、コンロから火が出ることも無くなってしまった。


 昼はともかく、夜電気がつかないのは怖い。そして夜中にトイレに行く時は、大変だった。

 しかしそれもその内慣れた。夜目が効くようになってきたのだ。

 そのうち、日が暮れたら眠り、日が昇れば起きる生活が定着した。

 穂積家にはもともと、エアコンやテレビや電子レンジは無かったが、小さな冷蔵庫だけはあった。もっとも、その冷蔵庫に食材が入っていることはほとんど無かったため、冷蔵庫が使えなくてもさしたる支障は無かった。

 一番困ったのは、もものミルクが作れなくなってしまったことだ。今までは古いゴミのような電気ポットを使っていたが、電気が使えないとなるとミルクが作れない。

 ———おまけにガスも点かなくなってしまったのだ。せめて火が使えればお湯は沸かせるのに…


 誰に聞いたら助けてくれるのだろう。こんな時は怒られても殴られても良いから、弥生に居て欲しかった。


 ももは現在、1日に6回か7回はミルクを飲む。電気が止まってしまってから、電気ポットに入っていたわずかなお湯でミルクを作っておいたので、1回は飲ませることができた。


 そうだ。怜は閃いた。五谷の町は不法投棄されている場所がいくつかある。そこからおもちゃやゲーム機を拾ってきたことがある。

 もしかして、どこかに使えるカセットコンロが無いだろうか…。


 背に腹は変えられない。

 今日は蓮にだけ登校させた。

 怜はカセットコンロが見つかるまで、町中を探す予定だった。

 しかし万一見つからなかった場合の為に、お金も持参した。今ある現金は5千円程度だ。

 ももを置いていくのは心もとなかったが、コンロ探しは危険を伴うかも知れない。

 蓮には4時間目の終わり頃に登校して、給食を食べたらすぐに帰宅するよう伝えてあるので、ももの世話は蓮に託すしかない。


 怜はまず、本命の五谷川周辺を探した。壊れた電子レンジや、風雨にさらされたボロボロのソファ、ゴミ袋にぎゅうぎゅう詰めにされた何か、など色んなものが不法投棄されていた。

 必死に漁って探したが、コンロは見つからなかった。


 同じようにして、不法投棄が目立つ雑木林や空き地などを探すも、見つからない。怜は焦りと怒りと暑さでめまいがしてきた。

 でも、ももは今も、腹を空かせて泣いているかも知れない。そう思うと体を動かさずには居られなかった。


 5箇所位探し回って、体力の限界を感じた。

 仕方がない。もものミルク代に取っていたお金を使うしか無い。

 しかし定価で買う余裕はない。次、いつ、弥生が金を渡しに戻ってくるのかさっぱりわからないからだ。

 予算は 500円。目指す店は、ゴミのようなものを売りつけている通称【何でも屋さん】だ。


【何でも屋さん】に着いた怜は、カセットコンロをすぐに見つけた。何種類か置いてあったが、中古のくせに値段が2000円〜5000円。しかし、普通のスーパーとかで買うよりは安いはずだ。

 怜は一番安いコンロと、ボンベ3本セット650円を手にとって抱きしめた。

 走って逃げろ、怜の中の悪魔が言う。

 逃げて捕まってみろ、警察沙汰になってみろ、弥生にバレてみろ、どうする…。怜の中の冷静が言う。走って逃げる意欲は無くなった。



 ———こっちはももの命がかかってるんだ!【何でも屋】の利益なんて、考えてられっか。


 怜は心を鬼にして【何でも屋】の店主・おやじに声をかけた。


「これ、500円で売ってくれよ。」


 怜は大きくはっきりした声で言った。

 するとおやじは大笑いした。


「おい、坊主。数字が読めねえのか?こりゃ、コンロが2000円、ボンベが650円。足し算はできるか?2650円だ。それ以上にもそれ以下にもなんねえよ。」


 おやじはすぐにそっぽ向いて何か作業を始める。

 売りに出すゴミを磨いているらしい。


 怜は店の中をぐるりと見渡した。金物が多いが全て中古品のようだ。中古品のくせに結構高い。たまに安い工具がまとめて置いてあるが、使い物になら無いのだろう。サビサビだ。店の奥には、ビニールに包まれた陶器が置いてある場所があった。あれはかなり高いんだろうな……と怜は思った。


「おじさん、頼むよ。これがないと、俺の妹がミルク飲めなくて死んじゃうかも知れないんだ。本当なんだ。」


「バカ言え。湯沸かすくらい家あるならできるだろう。」


「電気もガスも、点かなくなっちゃったんだ。妹は今日、まだ1回しかミルク飲んでないんだ、今頃腹空かして泣いてる。だから、お願いします。」


「嘘なんかな、つくもんじゃないぞ、坊主。癖になっちまう。」


「本当なんだ。も、もし疑うなら見にきてくれよ。」


「ばかやろう、こっちは商売中なんだ。店開けられるか。もう帰んな。どうせ母ちゃんにそうやって安く買ってこいとか言われて来たんだろ。ったく。」


「おじさん、頼みます…お願いします。妹の…命がかかって………」


 コンロとボンベを抱きしめたまま、怜はその場でうずくまってしまった。今日は朝からご飯を食べていない。その上、ゴミの山でコンロを探して、疲労は相当蓄積していた。


「おい、どうした坊主。泣き真似なんか通用しねえぞ。」


 おやじは声をかけたが、怜の返事は無い。

 怜はコンロとボンベを抱えたまま、横向きに倒れてしまった。


「お、おい。おいおい、大丈夫か?坊主。ちっ、参ったなあ。」


 おやじは店の奥に向かって叫んだ。


「おーーーーーーーい、母さん、ちょっと来てくれ。」


 親父の妻らしき人が奥から出てきた。


「まあ、どうしたのこの子。」


「コンロとボンベを500円で売れっていうからよ、相手してなかったわけだ。妹がミルク飲め無いとかうそつきやがって。親も親だ、子供使ってえげつないことさせる。」


 おやじは作業を言いながらも、倒れた怜を気にしている。

 おやじの妻が怜に触れる。


「あらっ!!この子、すごい熱よ、熱射病じゃないの?」


「あんだよ、面倒くせえなあ。」


「とにかく奥に運びしょ。ほら、あなた!この子を奥へ連れて行ってっ!」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、おやじは怜の抱えるコンロとボンベを離し、肩に担いで奥の部屋へ運んだ。

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