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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第6章 過去
71/232

71. 28年前

 ———28年前、怜9歳(4年生・4月)———



 ポト…ポト…ポト……

 同じリズムで水がたまっていく。カップヌードルの空の容器に少しずつ水がたまっていく。

 その様子を怜は見ていた。いつ食べたカップヌードルだろう。以前はグルグルグルとお腹が鳴ったが、最近は鳴らなくなった。


 暗い部屋で、弟の蓮と、妹のももが寝息をたてて眠っている。

 怜は眠れない。


 家の中にいるのに、雨の日は天井から水が降ってくる。眠ろうとしても顔にポトポトと雨が降ってくるから、すぐに目を覚ましてしまう。最初は役立たずの天井を恨んだ。あちこちシミだらけで、あちこちから水が滴ってくる。


 夏はまだいい。問題は冬の夜だ。暖房も無い怜の家で、家の中で雨に降られるのは冷たいを通り越して痛い。


 他の人の家では、雨の日は家の中は雨が降らないはずだ。なんでうちだけ?怜には理由がわからなかった。



 ザーーーーという音が外から聞こえてくる。本降りになってきたようだ。カップヌードルに入る水滴の音も早くなってきている。


 天井を見ると、今にも落ちそうな水の玉がいっぱいに広がっていた。


 ———ポト、ポト、シャッ、トン、テン、トン、ザッ、ポトッ、ポト…

 よく聞くと、落ちてくる水滴の着地音はそれぞれ違う。怜は顔をあげて見回した。置いてある物によって、音色が変わるのだ。例えば、ビニール袋ならシャッ、空き缶ならトンッ、小さな空き缶はテンッ、大きくて中に色々入っているゴミ袋はザッ。


 怜は弟と妹の顔を見た。眠っているのに、顔に水滴が落ちてくると渋い顔をする。少し面白かった。


 いつも通りだから慣れているのに、どうしていつも期待してしまうのか。世の中わからないことだらけだ、怜は思った。


 やっぱり、母さんの言った通りだったのかな。おれがいい子じゃなかったから、母さんは今日も帰って来なかった。

 いつも見張ってるって言ってたけど、どこで見張ってるんだろう。

 いい子って一体、何なんだろう。


                   *


 弥生は通常通り、キャバクラに出勤していた。しかし出産してからどんどん太っていく弥生には、それほど客がつかなかった。

 面接で元々はスナックを経営していて凄く儲かったというと、その若さで!と店長はおどろいた。

 本当は26歳だが、20歳とサバを呼んでいた。


 スナック【のぶ絵】で盗んできた現金…ほとんどパチンコですっちゃったけど、残りを使って、大都会梅下田までやってきた。自由を感じた。子どもがいると自由行動が制限される。自分はまだまだ若い。これからが人生だ。梅下田でたんまりお金を稼いで好きなことをして生きていこう。


 もちろん母親であるのは変わりない。たんまり稼ぐんだから、新幹線で数時間揺られれば五谷なんかすぐにつく。駅からはタクシーで送迎してもらえばいいの。

 お土産も美味しいものも沢山持って帰ってやるんだ。遊園地に連れて行ったりするのもいい。お小遣いも1年分あげちゃおう。


 それくらい【向上心】がなきゃ、水商売はうまくいかないのよ。

 自分がスナック営んでたんだから、よくわかる。

 でも私にはできる。結局客にとって、キャバ嬢は顔だけじゃない。相手の心を掴むコツがあるの。それを私は若くして学んだ。ナンバーワンを取る自信だってある。


 あまり深刻に深いことや暗いことを考えてたらせっかくの向上心がダメになる。明るく生きなくちゃ。何も問題はない。何も問題はない。


 今日も弥生は客を笑顔で褒めちぎり、手応えを感じていた。


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