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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第5章 調査
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68. コーポ室井

 相沢家では茜に会うことはできなかったが、その母みどりからは穂積怜の過去にまつわる話を沢山聞くことができた。

 車の中で、メモに要点をまとめた。


 最近は要領を掴めてきたのか、いちいちスマホのボイスレコーダーを使用しなくても、後で要点をメモに残すことができるようになった。ボイスレコーダーがあると、相手は少なからず警戒するし、内緒で録音するのも気が引ける。

 百合華はメモ帳を見て、明日の出勤の帰りにLOFTで新しいメモを買おうと思った。


 まだ日も暮れていなかったので、百合華は竹内が描いてくれた地図を見て、穂積怜たちが住んでいた【おんぼろアパート】の跡地——今はマンションが建っているらしい——を一目見に行くことにした。

 情報は期待できないが、穂積兄妹が生きていた場所を感じてみたかったのだ。


 小学校からは小学生があるいて1時間くらいの距離と言っていたが、みどりの家から車で行くと15分もかからず到着した。

 竹内が言っていたように、新しい——と言っても築10数年以上は経っていそうだが——6階建ての白いマンションが建っていた。

 25年以上も前に、穂積怜、穂積蓮・穂積ももはここで生活していた。

 その頃、弥生は一体何をしていたのだろうか?弥生の生活を知るための手がかりが欲しいところだ。


 百合華は目を閉じて想像してみた。古い壊れそうなアパート。暗い部屋、ゴミの山。次男の蓮は言ったらしい。「お腹すいた」「寒いよ」人間としての最低限の生活がそこには保証されていなかったのではないかと推測できる。

 そのような生活の中で、救いの手を出してくれる人は居なかったのだろうか。弥生は、我が子のことをどう思っていたのだろうか。



 時計を見ると、すでに17時を過ぎていた。ハンバーグ屋は今頃、次々と来るお客さんを相手に必死にハンバーグを焼いているのだろう…。


 百合華はもう一度、アパートがあった場所を見つめ、ボロボロと泣いて謝る穂積怜の心情に心を馳せてみた。

 そして、相沢茜に最後に言った言葉…『このことは母親には言わないで…ころされてしまうから…』

 【このこと】とは、何をさすのだろう。万引き?それとも、校長や担任、相沢母を巻き込んだこと?それとも、自分の生活を晒してしまったこと?

 何故、『怒られてしまう』ではなく、『ころされてしまう』なのだろう。本気なのか、例えなのか…。


 考えながら、百合華はマイカーに乗った。エンジンをかけ、ドライブにギアを入れる。小さい頃の穂積怜。あなたはきっと、とても頑張っていたんだね。

 心の中で思いながら、アクセルを踏んだ。


 予定を変更して、近くの不動産屋に寄って見ることにした。

 穂積怜が住んでいたアパートを管理していた不動産屋をみつけるのは少々骨を折った。だが、数件まわってやっとみつけた。【吉田不動産】。


 先ほど見つけた穂積怜が生きていたおんぼろアパートの雰囲気が知りたくて、あの土地の歴史を少しでいいから教えて欲しいと頼み込んだのだ。


「今は、ほら、見てきてもらったなら分かると思うけど、家族向けのアパートができてるんだけどね、ボロのアパートのことを聞きにきたのはあなたが初めてだ。」

 入店してからすぐ喋り始めたその男性は首から名札を下げている。吉田剛(よしだつよし)、ここの社長だろうか。それにしては若すぎる。

 考えているのが透けて見えてしまったのだろうか、吉田は笑いながら言った。


「ここの社長は俺の親父ですよ。」


「なるほど、では、以前建っていたアパートの管理をされていたのはお父様…。」


「そう。ところであなた、モデルのミキちゃんに似てるって言われない?」


 ミキちゃん……こんなところでまた出てきた。

 今まで何10回、何100回と言われてきた台詞だ。最初の方こそ、美しいミキちゃんに似ていると言われて心中喜んでいたが、段々聞き飽きてきた。

 そんな時に穂積怜は言ってくれた。倉木は倉木にしか見えない、と。

 ミキちゃんに似ていると言われるより、何倍も嬉しかった。


「スタイルも良いし、顔の造りも似てるって…!」


「あのー、アパートのことを聞きたいのですが…」


「ああ!ははは、ごめんごめん。ちょっと待っててね、資料探してくるから。」


 吉田剛は奥の部屋へ入っていった。数多くのファイルの中から、穂積怜が住んでいたアパートの資料を見つけるのだろう。大変そうだが頑張ってもらうしかない。


 周囲を見渡すと、物件情報の広告が壁一面に貼られていた。

 敷金・礼金無し!ペット可!リフォーム済み!などなど…。

 ペット……つい夢子のことを思い出してしまった。夢子の家の黒猫マイルズは人の癒し方をよく知っている。今は忙しいが、カタが着いたらまた会いに行きたい。そして夢子とのルームシェアの話も、現実化できればいいな…と空想に耽っていた。


 すると案外早く、吉田剛はファイルのある部屋から出てきた。

 住所別に置いてあって案外わかりやすいのかも知れない。


「はい!お待たせしました。今現在あの住所に建っているのはアパートパレス。そして、その前の前に建ってたのが……これかな。」


 こうも簡単に住居の情報を他人に開示していいものなのか、この店からどこかを仲介してもらう予定も無いのに…。しかしここは吉田剛のサービス精神に感謝することにした。


 吉田剛は一枚の古い紙が挟まったページを開いた。


「コーポ室井(むろい)…一応1LDKありますね…風呂、トイレあり。風呂は小さいなあ〜。大人じゃ入れないよ。築年数が…えー、お尋ねの27年前位で、築40年!こりゃ随分古いな。老朽化が激しかったから、潰しちゃったんだね。2年後には新しい物件が建って、それも事情ありで取り壊された後、今の物件ができたみたい。」


「老朽化が酷いというのは、どういう感じなんですか?」


「一概には言えないけど、床が抜けそうとか、シロアリにやられてるとか、外壁や内壁にヒビが入ってるとか、建て付けが悪くなるとか…あと隙間風や、雨漏りなんかもそうだね。ま、僕が今教えれるのはこんな感じかな。親父は用事で外出てるから、今日は遅くなるし。こんなもんで、どうでしょう?」


「ありがとうございました。とても役に立ちました。お忙しい中、すみませんでした。」


「いやあ、見ての通り暇だったからさ。大丈夫。物件探したかったらうち頼ってね。」


 吉田剛は快活な笑顔を見せ、「またね!」と手を降った。

 百合華は可笑しくて、笑顔のまま「どうもありがとうございました。」とお辞儀をして、吉田不動産を後にした。


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