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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第5章 調査
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67. 相沢茜宅2

「茜は、穂積君から、1ヶ月に1回程、お金をせびられるようになりまして。最初は500円から始まって、1000円、2000円…と。「必ず返すから」、とか、「もうすぐお金が入るから」、とか言っていたらしいので茜は貸していたらしいのですが、一向に返ってこなくて、茜が私に相談した、という経緯がございまして。私は一喝して、2度と金銭は渡さないよう厳しく言いました。」


「お金の要求ですか…小学生なのに。」


「そうなんです。お金が貰えなくなった穂積君はある日、茜に、1つだけお願いがある、と頼んできた事があったの。スーパーに行くから着いてきて、と。」


「スーパーに?」


「ええ。茜はそれくらいなら、と思ってついて行ったの。この辺は昔はもっと辺鄙だったから、スーパーなんて1箇所しか無かった時代よ。

 茜には距離を取って着いてきてと言っていたらしく、穂積君は暫く店内をぐるぐる回って、落ち着かずウロウロしてたらしいの。茜は面白くなくて、コスメコーナーで、口紅の色見本っていうのかしら?あれを手に塗って色を楽しんでいたと言うんです。」


 年頃の女の子だ、そういうものに興味を持ち始める時期なのかも知れない。

 みどりは続けた。


「気づいたら茜は穂積君を見失っていて、早足でスーパーの通路を順番に見て回ったらしいの。

 そしたら穂積君、レジに背を向ける形で、ベビーフードの販売エリアに立っていたって。茜がびっくりさせようとしてそっと近づくと、シャッシャッとビニールが擦れる音がして、何かと思ったら穂積君、ベビーフードをレジ袋にいっぱい詰め込んでいたんですって。あまりにも驚いて「穂積君?」と声をかけたら、穂積君は驚いた表紙に、瓶詰めのベビーフードを床に落として割ってしまったの。

 それから、レジ袋はその場に置いたまま、店から逃走しようとしたのだけど、出口で警備員さんに止められて…。」


 穂積怜が、小学生の頃、万引きをしようとしていた?

 しかも、ベビーフード?妹の分だろうか?


「茜が「違うんです!勘違いなんです!」とか、何とか言って店員さんや警備員さんをなだめようとしていたらしいのだけど、ほぼ現行犯ですから。ちょっとこっちへ来なさい、と、店の奥に連れて行かれて色々と尋問されたそうなの。茜も一緒にね。」


「穂積さんは答えたのでしょうか?」


「いいえ、何1つ答えず、表情も全く変えずにじっと座ってたらしいの。むしろ茜の方が色々話をしていたみたいで。君たちこの辺の小学生か、五谷小だな。親御さんに電話するから番号教えろ。とか色々聞かれたらしくてね。

 穂積君はだんまり。茜は埒があかないから、私達の家の番号を教えたの。それで話を聞いて、そのスーパーへ走って行って…。飛んで行って平謝りしたわ。どうか穏便に、もう2度とこのような真似はさせませんから、と。

 その時、穂積君の親はどうして来ないんだ、という話になって、警察に連絡しない代わりに学校には連絡を入れさせてもらうと店長さんに言われてしまってね…。」


「それで、学校に連絡が…?」


「ええ。校長に連絡が入って、校長もスーパーに来たわ。あと担任も呼び出されて来てたかしら。でも誰が何と言っても、何も反応しないの。穂積君。「君、弟と小さな妹がいるんだろう?お父さんお母さんはどこにいるんだ?今日はもう遅いから、家まで送るから案内しなさい。」と、校長先生が説得していたわ。私も、力にならないと思いながらも「一緒に行くから大丈夫よ。」なんて声かけたのを覚えているわ。でもきっと、弟や妹の存在を思ってはっとしたんでしょうね。穂積君、急に立ち上がってとぼとぼと歩き出したの。」


「家へ…向かったのでしょうか…?」


「そう。今でも覚えているわ。年齢の割に高い身長。暗闇の中でもわかる肌の白さ。俯き加減で歩く彼の背中。引きずって歩く彼の両足。彼の後ろについて、校長と、担任、そして私と茜が行列を作って歩いていたの。時間は忘れたけどもう暗かったわ。」


「そして、穂積怜の家に着いた…のですね?」


「ええ。噂に聞いた通りの、いえ、それ以上の荒廃した家屋だったわ。台風が来たら潰れるんじゃないかというような。

 穂積君は自分の後ろに皆が着いてきていることも、もうどうでもよくなっていた様子で、鉄の階段で2階まで上がって、確か一番奥の部屋を開けたわ。鍵もかかってなかったの。そしたら、皆、びっくり仰天。」


 みどりは自分を落ち着かせるためか、ゆっくり紅茶を含んだ。


「家の中は、ゴミ溜め状態、カップラーメンやコンビニのお弁当の空箱が、ピラミッドのように山積みになっているの。赤ちゃんのものなのか、糞尿の臭いが強烈で、他にも何か腐っている臭いがして、よくこんな場所で暮らせるわ…ってハンカチで鼻を抑えながら思ったわ。」


 コンビニ弁当……

 夢子たちが美味しそうに食べていたものを、【んなもん食えるか】と言い捨てたコンビニ弁当…


「暗くて良く見えなかったけど、部屋には小さな弟と赤ちゃんがいて、弟は「お腹すいた」とか「寒いよ」とか言ってた。赤ちゃんは案外スヤスヤ寝ていたわ。すると穂積君が赤ちゃんに近寄って、赤ちゃんを抱きしめて、ポロポロ涙をこぼし始めたの。「ごめんよ…ごめんよ…」って謝ってばかりで。」


「親の姿は見えないし、やっぱりこれは警察ですよね、って校長とも話していて、校長が警察に電話したの。そしたら児童相談所の人たちが来て、そっちで一時保護してもらってください、みたいに言われたらしくて。児童相談所から男女の職員2人が、穂積君たち兄妹を保護しに車で来たの。職員の方は、「もう大丈夫だよ」とか言ってたかしら。穂積君、怜君はずっとボロボロ泣いて赤ちゃんに謝ってたわ。それから、茜の方を振り向いてこう言ったの。」


「今日のことは何があってもおれの母親には言わないでくれる?ころされてしまうから。」


 それが穂積君の、茜への最後のメッセージだった。

 なのに…まさか、あんなことになってしまうなんてね……。」


「あんなこと?どんなことでしょうか」

 小首をかしげる百合華を見て、みどりの顔は一瞬血の気が引いた。


「———あなた、あのこと……知らないの?」


「あの…こと……」


 暫くの沈黙が続く。部屋にある時計の秒針がカチッカチッと音を立てる音がまるで部屋じゅうに大音量で響き渡っているようだ。


「知らないのね。ごめんなさい。私が話せるのはここまでです。」


「少し思いつかないのですが、あのこととは…施設と関係ありますか?」


「施設?施設は直接の関係は無いわ。あなたはあのことを知らないのよ。私はこれ以上、話したく無い、わかってください。倉木さん。私も辛いんです。」


「どうか…少しだけで良いのでお聞かせ願えませんでしょうか?」


「ごめんなさい。私にも、話さない権利があるはずです。今日お話できるのは、ここまでです。これでも、初対面のあなたに充分話したはずだわ。」


「おっしゃる通りです。わかりました、無理なお願いをして申し訳ございませんでした。そして今日教えていただいたことは貴重な情報として胸に閉まっておきます。ご協力に感謝します。」


 百合華はソファから立ち上がり、みどりに礼をして家を辞した。



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