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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第5章 調査
62/232

62. 明美との別れ

「ええーっと…つまりこの消印は居住地とは限らないってことね。」


 明美が言った。


「まだはっきりとは分かりませんが……」


 百合華は3枚の年賀はがきを見つめ続けた。


「明美さん、もし良かったら、このハガキ写真撮ってもいいですか?」


「あ、いいわよ。」


 百合華は1枚ずつ、スマホで写真を撮った。年賀はがきの写真を撮ったというより、弥生の自己満足を撮ったという気がするが。


「明美さん、すみません…」


「どうしたの急に暗い顔しちゃって。」


「実は嘘ついていました。私、怜の消息は知っているんです。でも彼の過去は知らない。彼の承諾を得て、今こうして調査をしているんです。怜は傷ついた大人に育っています。その理由が何かを知りたくて…」


「そうなの!びっくり。でも怜さんの消息が分かっているなら、それは良かった。でも1人の人間の構成要素を探るって、大変じゃない?」


 百合華はカウンター内に入り、酒瓶を綺麗に並べながら言った。


「大変です。でも、やらなきゃいけないんです。私、怜さんを追い詰めてしまったことがあって。反省と、自分の成長の為にも、必要な調査なんです。」


「そっかあ……滅多に無い体験をしているわけなんだ。前も言ったけど、あなたが一生懸命だから、私もできることは必死に協力するわ。覚えておいて。」


 明美は百合華の目を見ながら言った。


「明美さんに出会えて、良かったです。ありがとうございます。」


「明美さん、私今、ここで手伝えることなんでもやります。雑用でも掃除でも。何かありませんか?」


「ありがとう。でも大丈夫よ。あなたには時間が無いんだから、その怜くんの調査に本腰を入れて。」


 美しい笑顔だった。


「わかりました。私、もう一度ハンバーグ屋の竹内さんに会ってみたいと思います。聞き逃したこと、色々ありそうだし。」


「あっ、あそこの店長さんなら、大福が好きよ。商店街抜けた先に美味しい大福屋さんあるから、持って行ってあげたら?」

さすがはスナックのママ。色んな情報を持っている。


「貴重な情報、ありがとうございます。」


 百合華は年賀状を明美に返し、改めて心からのお礼を言った。


「これっきりって事は無いと思います。また会いにきますから、さようならは言いません。ありがとうございました。感謝しています。」


 百合華は言った。


「うん。用事無くても、烏龍茶飲みにでも来てよね。待ってるからね。調査、頑張るのよ!また何か気になったら、いつでも聞きにきて!」


 明美は百合華の手に手を添えて、何度も頷いた。


「はい!頑張ります!!」


 車がある所まで、何度振り返っても明美はスナックの前で百合華を見送り続けていた。職業的な感覚もあるのだろうけど、百合華は親愛な気持ちとして受け取った。ありがとう、明美さん…何度も心の中で呟きながら、車に乗る前にお辞儀をして、お互い手を振って、その場をあとにした。


 明美から聞いた、美味しい大福屋さんに行ってみた。

 どうやら、大福だけでなく色々な和菓子を扱っているようだ。

 店構えはとても古く、味のある木枠のガラスケースに色とりどりの菓子が並んでいる。柱も(はり)も、重厚感のある深い茶色をした木製のものであった。瓦屋根も年月の経過を語っている。小さな寺院のようだ、と百合華は思った。


 店は開いているが、店先には誰もいない。

「すみませーん」

 声をかけるが、誰も出てこない。


 すると、ガラスケースの上に「御用の方はこのボタンを押してください」と書いてあるのに気付いた。

 百合華はそこに設置されていた緑色の小さなボタンを押すと、店の奥で「はいはーい、ちょっと待ってね」と、しわがれた老人の声が聞こえた。耳が聞こえにくいからこのような装置を使用しているのだろうという事がわかった。

 ゆっくりとした歩調で、高齢の男性が店先まで歩いてきた。


「すみません、大福を10個、お願いします。」


「………はい?」


 百合華は大きな声でゆっくりと


「大福を、10個、お願いします」


 と叫んだ。しかし、


「……うちは服屋じゃないんだわ。」


 百合華はロルバーンのメモを出して、「大福10個ください」と書いた。


「ああ、大福。あははは、すまないね、すっかり耳がやられちまって。」


 小さな濁った声で老人は言った。

 百合華はメモを開いたついでに、ダメ元で書いた。


「ほづみやよい、ほづみれい、という人を知っていますか?」


 老人は老眼鏡を動かしながら、「ほづみ…ほづみ……」と呟き、「そんな客は知らんなあ。」と言った。


「昔この辺に住んでいた人です。」と書くと、


「わしは今年で90、何とか生きとるが、昔のことは忘れた!あっはっはっは!」と明るく笑った。

 憎めない、可愛い老人だった。


 無事大福を10個買い、包装してもらい、ビニール袋に入れてもらう。

 次の行き先は、【ハンバーグ専門店・太陽】だ。


 と思ったら、百合華のお腹がぐーっとなった。

 ちょうどいい。またあの美味しいハンバーグが食べられる…!



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