60. 年賀状1
平井監督は「なんだか辛い話しちまって、ごめんよ」と頭を下げていたが、百合華は「とんでもありません。大切なお話をお聞かせいただき、感謝しています。ありがとうございました。」と、監督より身を低くして礼をした。
平井監督によると、今登校している教員で五谷出身、または詳しいのは平井以外いないとのことだったので、百合華は改めて礼を言って五谷中学校をあとにした。
次の目的地は、昨日入店したスナック【のぶ絵】だ。百合華は新しく開発されつつあるスナック街、【五谷新町商店街】を目指した。
商店街に着いたのは10時頃であった。適当に車を停め、のぶ絵をめざした。
店の前に着くと、店内からカチャカチャとガラスが重なる音が聞こえる。開店準備をしているのだろう。
今まで出会って有益な情報をくれた人々は、皆忙しいのに自分の時間を割いてまで話を聞き、そして話をしてくれた。
以前だったら、自分のルックスが武器になっている、だなんて短絡的に考えていたかも知れない。しかし今の百合華はそんな悠長で気楽なことは言ってられなかった。
皆、大変なのだ。なのに自分のために一生懸命話をしてくれる。見返りも何も無いにも関わらず、笑顔で協力してくれる。自分もこうあるべきだという見本となる人々に対し、感謝してもしきれない。
五谷に取材に来て、邪険に扱われたことは幸いにして1度も無い。土地柄もあるのかも知れないが、困っている人を助けてくれる人というのは本当にいることを身に沁みるようにわかった百合華であった。
のぶ絵のドアを優しく叩く。中から「どうぞ〜」という優雅な声が聞こえてくる。きっと昨晩出会ったばかりのママ・明美だろう。
「失礼します〜…」木製のドアを開くと、昨晩は神秘的で落ち着いたムードを醸し出していたスナック・のぶ絵が、今日は窓から太陽光が入り、すっかり様子が違ってみえる。
驚いたことに、明美自身も夜の姿とは全然違った。
コットンでできた、角の丸いかわいいワイシャツと、オリーブ色のゆったりとしたアンクルパンツを履いていた。
「いらっしゃい。」と見せる笑顔は、一瞬女優にでも会ったかのようにどきっとした。きっと本物の美人というのは何を着ても様になるのだろう。中身が伴っていれば、なおさら…目の前に居る、明美のように。
「百合華ちゃん、ごめんこれ手伝って。」
おしぼりの山を、おしぼりウォーマーに詰めていく作業を頼まれた。適当に入れてしまうとバランスが崩れるので、一本一本丁寧に入れていると、明美が
「百合華ちゃん、上手ね。」
と褒めてくれた。嫌味の一言でも言う人も世の中に居る中、私はなんでこんなに優しい人たちばかりに出会えているのだろう…。百合華はおしぼりウォーマーに全て詰め込み終わると「明美さん、できました。」と伝えた。
「ありがとう〜助かったわ。」
「他にも何かできることありますか?」
「そうねえ、あなたがチーママになってくれたら、売り上げが倍になりそうだけど?」
そう言って明美はクスクス笑った。
「ごめんなさい、冗談よ。あなたは確かにかわいいけど、頑張っているのが伝わるから私も協力したいって思えるの。」
明美はそう言うと、スタスタと店内を横切り、自分のバッグの中に手を入れた。
「期待させておいて申し訳ないんだけど、いくら探しても、私たち…ここ、のぶ絵が受け取った年賀状は全部で3枚しか無かったの。もっとあったと思ったのに、ごめんなさいね。」
明美は申し訳なさそうに、その3枚の写真を百合華に渡した。
写真年賀状だった。スタジオで撮ったらしい。
まずは弥生の姿が目に入った。存在が派手なのだ。化粧も派手で、服装も…着物なのだが、派手なものを着ている。
「それが一番最初に受け取った年賀。ここのお金を奪って逃げてから3年後…弥生は20歳前後位じゃ無いかしら。隣に写っているのが、息子さんね。」
———穂積怜だ。
派手な袴に陣羽織を無理やり着せられている感じだ。4、5歳頃だろうか。写真で見ても、幼くても、穂積怜の瞳の色はあのままだ。綺麗な色をしている。しかし表情は乏しく、派手に笑う弥生とは対照的だ。髪の毛は黒で、天然パーマ。肌は真っ白だ。
年賀状には、
【あけおめ】みなさんお元気ですか?このかわいい子は私のじまんの息子、怜でーす。
と、余白に書かれている。
金銭泥棒をしたことなどの反省は1つも無い。明美の顔を見ると、呆れたような哀しいような顔をしていた。




