57. 明日に備えて
自分の勘と運を信じて、スナック・のぶ絵に入って良かった。明日何か、有力な情報が得られるかも知れない…と思うと百合華は落ち着かなかった。
時計を見ると、時間は20時。
一層、このまま車中泊してしまおうかと一瞬思ったが、帰宅した方が身のためだ。
百合華が住んでいる【西脇駅】周辺までは、5時間程のドライブだ。帰ったら1時。お風呂に入って、今日は寝よう。
帰宅後の予定まで組んで、百合華はラパンを走らせた。外はもう暗い。助手席には風呂敷に包んだ弥生の小学生時代の卒業アルバム。押川校長のところでしか開かなかったが、それでも役に立った。
しかし持ち歩くのは少々重いし、置き忘れも気になる。明日は必要な場所だけスマホで写真を撮って人相確認をしてもらおうか……。
帰りも【レ・ミゼラブル】のサウンドトラックを聞きながら、歌いながら、百合華は車を走らせた。
今日は1日中歩いて足がパンパンだ。食事も時間がバラバラで、まともに食べたのはハンバーグ位しか覚えがない。
だがそんなことはどうでも良かった。
押川校長の曖昧な記憶であるが、ホヅミという子どもが大きな事件に巻き込まれた可能性があるということ、そしてスナックのぶ絵のママ、明美が弥生の年賀状を持っているということ。これは大きな収穫なのではないか。
1時半頃、自宅アパートに着いた。
こんなに慌ただしい週末は滅多にない。
しかし、簡単なことをやり遂げるのは、簡単だ。
百合華は今、穂積怜という人間の心を閉ざされた理由を知り、彼を傷つけてしまったことを本当の意味で理解して謝罪したいということ、そして百合華自身が外見だけでちやほやされることに慣れてしまっているのを脱し、人々に内面の魅力を見てもらえるようになること、そのような難しいことに挑戦しているのだ。たやすく解決する訳が無い。
最初に穂積怜からもらったカード——穂積怜を良く知る人物に、穂積怜について1つだけ質問しても良いというカード——は既に使ってしまった。
それでも。
百合華は明日も車を走らせ、人に会い、話を聞く。
そうやって穂積怜という大きなパズルのピースが1つ1つ、増えていくと信じて。
百合華は自分の部屋に入ると、まずは小学校の卒業アルバムから接写の写真と集合写真の2枚を、そして中学校の卒業アルバムから同様に2枚をスマホで撮影した。
今日撮影した、スナック弥生の跡地の写真を見つめていた。
弥生は、怜は、ここで何を考え、何を夢見て生きてきたのだろう。
比較すると、百合華の人生は単調で順調なものだった。サラリーマンの父に、専業主婦の母。兄と弟、犬のゴン。兄弟とは仲が良かったし、両親も仲睦まじかった。
持ち家は祖父からの相続だった。祖父は百合華が生まれてすぐ亡くなったので顔も覚えていない。
普通に幼稚園に通い、公立の小学校、中学校に通い、国立の有名大学に入り、織田出版に就職した。
容姿にも恵まれ、経済的にも安定した家庭だった。
いじめに遭ったことはあるが、織田出版の雑誌のお陰で立ち直れるタフさもあった。
正直言って、恵まれていたと自分でも思う。
こんな私が穂積怜のことを、本当に理解できるのだろうか。不安に苛まれたが、思い直した。理解できるのだろうかではない。理解するのだ。
百合華はお風呂に入って今日の疲れを少し癒し、1時半頃眠りについた。
明日は日曜日。フルタイムで調査に挑むつもりだ。
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