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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第5章 調査
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55. スナック弥生の末路

 時計を見ると、もうPM17時だった。【ハンバーグ専門店・太陽】に長居してしまった。まだ空は明るいが、帰路のことも考えなければならない。

 明日も来るから、【スナック弥生】を見に行くのは明日にしようか…百合華は迷った。


 しかしどこでどんな情報に出会うかわからない事を今日竹内との出会いで知った。今日もまだこれから、ふとした出会いから新たな情報を得て、点と点が線になるかも知れない。

 取材は後回しにせず、できることをコツコツとこなしていく事にした。

 そう決めた百合華は、先程竹内にもらったペーパーナフキンに書かれた地図を見た。【スナック弥生】があった場所を見に行くのだ。



 地図通りに歩いて行くと、確かに怪しげな裏通りに着いた。

 時折爆音で米軍基地に飛行機が着陸していく。喧騒の中の誘惑。それがスナック弥生だったのかも知れない。


 地図によると、この裏通りに入ってすぐの場所にスナック弥生があった筈なのだが、今では更地になっていた。「何も無い」と竹内も言っていた。砂利引きの空き地に「テナント募集」という錆びた古い看板が立てかけてあった。


 更地は30坪程であろうか。弥生と同級生であった優子が言うには、在りし日はここの居住スペースは、足の踏み場もない汚い家だったらしい。



 弥生の母が亡くなり、弥生が跡を継いだ頃、スナックのママとなった若い弥生はあちこちをアルコール除菌する程潔癖だったという。

 

カラオケも設置して、それなりに集客もできたのに、弥生は白人男性の(とりこ)になってしまった。そこから堕落に加速がかかる。

 スナックはみるみるうちに白人男性の溜まり場となり、弥生は報酬無しで体を重ねる事に没頭するようになった。

 そして生まれたのが、怜だ。当然父親はわからない。

 しかし弥生はマタニティー・ハイのような状態で、大きなお腹を自慢げに見せ周り、生まれたばかりの怜を「かわいいでしょ」と見世物にしていたという。


 哀しい話だ…と百合華は思った。

 しかしあの穂積怜は、この道中知り得たことを、決して同情だけはされたくないと思っているに違いない。


 空き地の周辺で聞き込みが出来ないかと、周囲を少し歩いてみると、スナック弥生と同じように更地になっていたり、シャッターを下ろし廃墟にしか見えない店舗になっていたりと、その路地裏自体が朽ちているのが良くわかった。

 それぞれの店に物語があったはずだ。スナック弥生では、弥生の、怜の物語があったはずなのだ。

 しかしまだその物語にたどり着けない。


 路地裏に店の跡を見にきたからと言って呪われることは無いだろうが、寂しい思いに押しつぶされそうにはなる。


 もう2度とこの場所に来ることはないかも知れない。百合華はスマホを取り出し、スナック弥生があった空き地を写真に撮って保存した。


 最近は女子会メンバーのLINEも活性化していない。皆にそれぞれ変化がある。大事なことだが少し寂しい気もするものだ。この路地裏と同じだ。


 スマホの画面を見ていると、不意に英語が聞こえてきた。

 振り返ると、3人の米国人が歩いている。基地に勤務する米兵達であろう。


 スナック弥生の空き地を見ながら思いに耽っていたら、スマホの時計は既にPM19時近くになっていた。もしかしたらあの3人組はどこかへ飲みに行くのかも知れない。現在いる路地裏スナック通りは閑古鳥が鳴いているが、どこかに新しいスナック通りのようなものが出来ているのかもしれない。


 家に帰るか否か迷った。しかしチャンスは自分で掴みに行く。


 ———獲物に食らいついていけ。


 桑山課長がくれたアドバイスだ。


 百合華はリスクを避けるのを優先し、まずは3人の米国人を尾行してみることにした。空は少しずつ暗くなってきているが、仕方がない。

 3人は先程の【ハンバーグ専門店・太陽】の前を通り過ぎて、路地をいくつか通り過ぎ、信号機をいくつか渡り、たどり着いた。

 (きら)びやかな夜の街だ。スナックが軒を並べている。


 どのスナックも看板に光が点っている。ネオンサインやLED照明も眩しい。先程の寂れた弥生の店跡を思い出せない程の華やかさがある。


 この地域は米軍基地だけでなく、工業地帯でもあるので、夜間の飲食のニーズもあるのだろう。地域の人達にとってはまさに桃源郷だろう。

 家のノートパソコンで五谷(ごたに)小学校の周辺をチェックしていた時は、ここの存在には気づかなかった。

 この派手な世界の入り口には、【五谷新町商店街】という小さな看板が掲げてあった。比較的新しく開拓されてきたのだろうか。


 まだ時間が早いからか、親子連れや女性1人で歩いている光景が見受けられる。今のうちなら。百合華は早足で商店街に入り、一番古そうで年季の入ったスナックを探してみる事にした。

 あまり広くは無い商店街を東西南北と早足で見回る中、何度かしつこくナンパされたが、1軒のスナックに目星をつけた。

 店の作りが、スナック弥生の時代の作りと少し似ていたからだ。

 当たるも八卦当たらぬも八卦。今日はこの店に賭けて、そして自宅アパートに帰ろう。


 スナックは【のぶ絵】というらしい。偏見かも知れないが、いかにも昔からありそうな雰囲気だ。ドアを開くと、カウンターの奥から「いらっしゃいませ」という上品な中年女性の声が聞こえた。

 百合華は自分の運を信じ、そのスナックに入店した。

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