54. 竹内文彦の話
最後の客が会計を終えた。店長の竹内は「ちょっと待っててね」と、一旦店の奥に入って行った。
再び出てきた店長は、白いTシャツにチノパンというラフな格好で出てきた。コック帽をかぶっていた時とは随分印象が違う。
相変わらず、白いTシャツから覗く腕はがっしりとしている。
「じゃ、始めようか。」水を2杯、お盆に乗せて、テーブル席へと百合華を案内した。
「改めまして、私、倉木百合華という者です。今探しているのは、私の友人穂積怜さんと、そのお母さん穂積弥生さんです。何でも知っている方がいればと思って今日は五谷に来ました。」
「ああ、あの校長、元気でしょ?いつもあんな感じなんだ。」
「はい、エネルギッシュで、それで、私の質問も真摯に受け止め考えて下さって、アポなしだったにも関わらず嫌な顔ひとつせず、一生懸命思い出そうとして下さって。ありがたい限りです。」
「そうなんだよ、それが押川校長だ。」
「俺は竹内。竹内文彦。40歳、妻あり。忙しい時は妻が手伝いに来てくれるんだ。」
竹内は優しく微笑む。
「それで、早速なのですが…、あっ録音とメモ、宜しいですか?」
「どうぞ。穂積親子のことね。どっから話せばいい?」
「知る限り遡って…お願いします。」
「うーん…」
竹内も、日常生活では考えないような質問をされて混乱しているに違いない。百合華はそっと竹内を応援した。
「幼稚園やら保育園は、あいつ居なかったっていう噂だったな。あ、怜ね。見たやつがいないって。どこ行ってたんだろ。」
「なるほど…未就学時の通園は不明…と。」
「うん。小学1年の時は覚えてるよ。俺、1年で、金髪で剃り込み入れて入学したんだ。親もワルやってたから。そういう奴らが4、5人居て、グループ作って不良気取ってたんだ。怜とは2学年違ったからあいつが入学してきた頃はよく知らない。」
「いつ頃、怜と接点を?」
初めて穂積怜を「怜」と呼んだことに、少し動揺した。
「全然覚えてないんだ。記憶に無い。あいつが学校に来てたかどうかもわからない。でもある時から通学するようになった。」
「通学するようになった怜はどんな子どもでしたか?」
「細くて、目の色が他と違ってたし、顔も日本人っぽくないから、皆でガイジン!ガイジン!!ってはやし立てたよ。上級生は皆からかってた。」
「怜本人の反応は?」
「毎日のことだったから、いちいち気にしてないみたいだったな。」
「他に特徴はありましたか?」
「あー…うん。私服の学校だったんだけど、あいつはいつも白いTシャツ、あとジーンズ。季節を問わず。それが洗濯を滅多にしないみたいで、汚くて臭いんだ。だからからかいの対象になってたよ。」
いつも不潔で臭う……母親の穂積弥生と同じだ。以前社長夫人の優子から聞いた話だ。
竹内が続ける。
「あいつはが学校にくるといつも嫌がらせを受けてた。でもあいつはいつも無反応だったんだ。それが逆にいじめっ子に火をつけるっていうか。」
竹内はいじめっ子のメンバーに入ってなかったのだろうか?
しかしそこは論点ではないので追求はしなかった。
「どんなにいじめられてもからかわれても、あいつには学校に来る目的があったんだ。」
「…どんな。」
「給食だよ。給食が出ると、犬食いみたいに半分くらいをガーッと食っちまうんだ。有名だったから俺も見学に行ったことあったけど、あれは凄かった。飢えた狼みたいだったよ。」
早食いの穂積怜…知ってる…百合華は思った。
「それから、持参したタッパーか何かに、残った半分を入れるんだ。牛乳とか汁物は入らないけど、パンとかご飯とか、おかずも固形物ならなんでも一緒くたに。たまにゼリーとかプリンとかが給食についてくると、最初からレジ袋とかに入れてた。そういう行動もなんか薄気味悪くてね。」
「担任の先生は、何も言わなかったのですか?」
「ああ、いつものことだ、みたいな感じで無視してたよ。」
「怜はなぜそんなことをしてたんでしょうか…?」
「さあね。誰も聞いたこと無いし、想像もしたこと無いんじゃない?真実は闇の底。」
竹内は水を一気飲みした。
「それが俺が知ってる、怜の小学校生活。給食といじめの印象しかなかったな。中学に入った頃には確かあいつ、引っ越してたよ。」
「引っ越しですか!」
「うん…あれ、中学入ってからだったかな?急にいなくなって、引っ越したんだって誰かが言ってて。そういえば、あのスナックはとっくに潰れてたんじゃないかな。」
「スナック弥生……」
また優子に聞いたフレーズが出てきた。
「そう、良く知ってるじゃん。あれこそ闇だよ。酷い世界だ。弥生は狂ってるってこの辺じゃ有名だったよ。」
竹内の話は続く
「弥生は俺らよりか、10………14位かな?年上だったんだけど、いきなり妊娠して出産してたんだってさ。それが怜なんだけど。」
「それは町では有名な話でしたか?」
「もちろん。誰の子かわからないのに、それを悪びれもせず自慢して回ってておかしかったよ。やばい女で有名だった。さすがの悪ガキの俺も怖かったもん。でもその自慢も急にぱったり終わったらしいけどね。」
「弥生に関しては、それくらいしか知らないんだ。ごめん。少しでも役に立ったかな?ああ、スナック弥生があった空き地、興味あったら見に行ったら?何も無いけど。地図書いとくから。」
竹内はレストランのナフキンに地図を書こうとした。百合華はすぐに自分のペンを竹内に渡した。
「そんな遠くはないよ。でもあそこに近寄ると呪われるって昔は言われてたから、気をつけて。」
竹内はにかっと笑った。
また快い協力をしてもらった。出版社という盾も無いのに、皆親切にしてくれる。百合華は、大事なことに気づきつつある自分もいると思った。
奇跡のおいしいハンバーグを作る竹内文彦とはレストランで別れた。
「また食べにきてね〜」と笑顔で手を振る竹内は、剃り込み金髪の1年生だったとは到底想像がつかない。
でも人は変化する。進化するのだ。




