53. 奇跡のハンバーグ
【事務室】に寄ると、中に人影は見ることができなかった。ドアをそっと開けてみようとすると、鍵がかかっている。
時計を見るとPM15時。2人とも帰ってしまったのだろうか。
百合華は早足で、見渡せる限りの校内、校庭でシゲさんを探した。
「シゲさーん…」
百合華の声は蚊の鳴くような声に変わっていった。
完全に自分のミスだ。百合華の足元がグニャリと凹んだ気がした。
最初から、穂積弥生のことばかりに夢中になっていて、穂積怜のことを失念していたのだ。
穂積弥生も地の人ならば、ここで生活し、子育てした可能性はある。
南の海側には米軍基地もあるし、弥生が開いていたスナックがあったとされる地域と矛盾しない。
弥生と怜、2人の調査をすべきだったのだ。
こんな初歩的なミスに、以前、自分の取材能力を穂積怜に自慢したことが恥ずかしくなる。
これでたまたま、シゲさんが残っていてくれたらもっと話を聞けたかも知れないが…、たらればでは調査はすすまない。
一応、校長から、穂積という名前っぽい生徒が大きな事件に巻き込まれた可能性があるということだけは聞くことができた。
何も成果が無いよりましだ。
百合華は朝食から何も食べていないことに気が付いた。
今日はこの近隣で、なるべくローカルな穴場のような店でランチを取り、明日五谷中学に出向いてみよう。
その前に今日は家で反省会だ。
今日の取材でのミスを反省し、明日に活かせるよう準備をしておこう。
百合華はとぼとぼと学校を出て、レストランを探した。そもそも穂積弥生が通っていた学校に来れるだけでも良し、としていたのだから、少しでも情報を得られたのはラッキーな事だ。百合華は楽観的になっていた。
目の前に【ハンバーグ専門店・太陽】という、まさにローカルな穴場的レストランを見つけたからだ。
店自体は小さいが、旗が立っており【本格ハンバーグ】と書いてある。店の外壁にも【日本産牛肉100%】【奇跡の味】などと書いたチラシが貼ってある。中からハンバーグの匂いが漂ってきた気がした。
本格ハンバーグなら、しかも国産なら、それでもって奇跡の味なら、値段は高いかも知れないが、ここは先程まで居た五谷小からさほど離れていない。もしかすると、何か情報を得られるかも…と、淡い期待も抱きながら、店のドアを開けた。
カランコロンという鈴の音が鳴り、男性店員の低い声で「らっしゃいませー」という声が響いた。
奇跡の味のハンバーグを作るのは、声の主らしい。おそらく店長だろう。エプロンをつけたその男性は、恰幅が良く頭にコック帽を被り、バンダナを首に巻き、袖は腕まくりをされ、そしてやる気満々なのが伝わって来た。
百合華は鉄板のあるカウンター席に座った。
メニューを見ると、案外良心的な価格だった。土地代が安いのかな、など雑念を抱きながら、【国産おいしいハンバーグ定食】たるものを注文した。
見回すと、4、5組の客がテーブル席やカウンターに座って美味しそうにハンバーグを食べている。地元では人気の店なのだろうか。職業柄とても気になってしまう。
暫くすると注文した【おいしいハンバーグ】が来た。ナイフで切れ目を入れると、ジュワーっと肉汁が出てきた。そして追うように良い香り。一口食べてみると、おそらく特製ソースと思われるものと、やわらかくてぷりっとしたハンバーグの絶妙なハーモニーがたまらない。
百合華は先程の自責を忘れて、【おいしいハンバーグ】を堪能した。
「おねえさん、どこから来たの?ここの人じゃないよね?」
【おいしいハンバーグ】を作ってくれた店長が言った。胸に【店長・竹内】という小さな名札があることに気が付いた。
「はい、ちょっと離れた所から来ました。よくわかりましたね。」
「ここは大体、常連さんでなんとかなってるからね」
店長は笑っている。
「このハンバーグ、本当に奇跡です。美味しい。また来た時は絶対また寄りますね!」
百合華は決して社交辞令ではなく、本音でそう言った。
「ありがとう、ありがとう。誰が何と言おうがお客様は神様だねえ〜。」
嬉しそうに話す店長に、急に変化球を投げてみた。
「このお店、何年くらい経営していらっしゃるんですか?」
「んー、13年になるかな?」
「店長さん、ここが地元なんですか?」
「ああ、そうだよ。生まれも育ちも五谷。もみくちゃにされて育ったさ。」
「じゃあ、小学校も五谷小?」
「うん。五谷小知ってるの?」
「先程行ってきたんです。探し人がいまして…。店長にも聞いても良いですか?」
「うん、いいけど?」
「穂積弥生、もしくは穂積怜、という人物を知りませんか?」
「ちょっとなら知ってるよ。2人とも。」
突然の展開に百合華は固まった。
「どうしたの?顔色変わった気がするけど…大丈夫?」
「は、はい。あの、今日仕事が無い時間帯ってあります?」
「もうすぐ昼休憩、17時から夜の営業が始まるけど。」
「あ、じゃあ、この奇跡のハンバーグ食べて待っているので、お時間が空いた時でいいのでお話聞かせていただけませんか?明日でも来週末でも大丈夫ですが…。」
「いや、今のお客さん達が引いたら昼休憩入るから、その時で良ければ。」
「ありがとうございます!よろしくお願いします。」
百合華は心の中でガッツポーズを決め、奇跡のハンバーグの残りを存分に味わった。客は次から次へと会計を済ませていく。
「ごちそうさまでした。」
百合華は両手を合わせて店長を見た。店長はウィンクして応えた。




