52. 小学校校長
校長が話し始めた。
「私、はね、教員免許とって、ここでも何年か教えて、戻ってきて教頭、校長、とやらせて戴いているわ。子ども達の笑顔が生きる活力。
私はあと3年で定年になるの。寂しいわ〜。
でも、穂積弥生さんという名前でピンと来る人は残念ながら居ないわね…」
校長はお茶を一口飲んだ。
百合華はメモを取り出し、書いても良いかの了承を得た。
「あの、先生。穂積弥生さんって、この人なんですけど……」
百合華は風呂敷を外して卒業アルバムを開き、弥生が載っている写真を見せた。
「不健康そうね……でもごめんなさい。覚えていないわ。」
校長は続ける。
「私も、長い間色んな小学校を回って、色んな子ども達、保護者達に出会ってきた。数えきれないほどよ。だからこんがらがっちゃって、どこの誰が…っていうのまで詳しく覚えて無いんだけどね。」
百合華は「はい……」と少し前のめりになった。
「私が丁度、異動中で別の小学校に行っていた時、ここ五谷小で事件があったっていうのはなんとなくだけど覚えてるの。大きな事件。」
「事件ですか?」
「ええ。でもごめんなさい、何年前とかまでは覚えていないわ。本当にごちゃまぜで、事件や事故と呼べるものにも何度も接してきたから。その上、五谷周辺は数年前まで治安があまり良くなかったのよ。ここ数年の教育改革でなんとか持ち直して来たけど、10年、いや、40年前って言ったら治安の悪い地域で有名だったんじゃないかしら?」
「はい…ここの卒業生に聞いたことがあります。中学校はもっと酷かったって。」
「そうなの。しょっちゅう警察沙汰になっていたわ。だから、事件って聞いても驚くようなことはあまり無かった。皆、感覚が麻痺していたのね。でも1つ、今、倉木さんのお話を聞いて思い出したことがあるの。」
「教えていただけますか?」
「ええ。さっきも言った通り、何年前かはわからないけど、当時の中学年〜高学年の子どもが何か大きな事件に遭ったと思うわ。その子の名前が、確かホヅミ…だった気がしないでも無いんだけど。間違っていたらごめんなさい。」
「いえ、男子ですか?」
「繰り返しになるけど、私、異動であちこち回ってたから、正直言うと、この学校だったかどうかも自信も無いの。
素行不良の全盛期だったから、死にかける事件・事故はしょっちゅうあったわ。パトカーが毎日来ている地域っていう感じかしら。だからその…本当に自信無いの。ホヅミって言う子と、事件との関連性は。性別もはっきりと覚えてないわ。」
「もし、仮にですが、穂積という子と事件に関係があるとしたら、どのような事件か覚えていらっしゃいますか?」
「いいえ、それは覚えてないわ。ごめんなさい。当時、ニュースになるようなショッキングな事件は本当に山のようにあったの。大人もいっぱいいっぱいで余裕が無かった…言い訳だけどね。」
「すみません、もう1つ…いいですか。その、【事件】のことを覚えている可能性のある先生はいますか?」
「先生……も、異動もあるしね。昔はワルで今は教師っていう面白い先生も居るけど…今日は土曜日だし来ている先生も限りがあるわ。
さっきのシゲさんが知らないようなら、ごめんなさい、お手上げです。」
「あっシゲさん!」
そういえば先程は弥生のことだけ聞いて、怜の話は聞かなかった。
もし怜の母校がここなら、そして何かの事件に巻き込まれているのなら、シゲさんは覚えているかも知れない。
「もう一度、シゲさんに事件のこと聞いてみます。今日はお忙しい中、お手間を取らせてしまいすみませんでした。」
百合華はアルバムをなおし、立ち上がった。深くお辞儀をして、
「ありがとうございました。」
と言った。
「また何か思い出したり、知ってる人が居たら聞いておくわ。連絡先だけ教えてくれる?」
校長はメモとペンを百合華に渡した。
携帯の番号とメールアドレスを書いて、校長に返した。
百合華は改めて礼を言って、校長室を辞した。




