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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第5章 調査
50/232

50. 調査開始

 次の日の朝は、快晴の土曜日だった。蝉の鳴き声が耳をつんざくようだ。


 百合華は朝ごはんを軽く食べて、以前社長夫人の優子から借りた、小学校時代の卒業アルバムを再度開いた。

 集合写真の直視する視線に、百合華は不気味さを覚えながらもこう思った。


「わかった。あなたをみつけに行くわ。」



 百合華はそのアルバムを風呂敷に包んで、紙袋にしまった。そしてノートパソコンで五谷(ごたに)小学校の場所をマップで検索した。


 どの道、車にナビが付いてるからどうにかなるのだろうけど、念の為ある程度頭に方向感覚を入れておきたかったのだ。小学校の近くに何があるのかも知りたかった。


五谷市は、百合華の住む西脇市から西の綾谷市を越えたところにある比較的小さな市である。優子が言うには、昔は辺鄙で有名だったそうだが、インターネットを見ていると現在は各種企業や商業施設が並んでいて、開発が進んでいるようだ。


 五谷小学校の周辺は、どうやら工業地帯のようで、工業関連企業や工場、大きな倉庫が多いようだ。百合華のアパートから南西へ向かうと、海に向かって抜ける大きな川がある。それを渡って工業地帯に入ったら東側に三両編成の電車の駅、五谷駅が見えてくる筈だ。五谷駅を過ぎたら、そのまま南西へ突き抜け、工業地帯を少し抜けた余白の場に小学校がある。


「よし。」


 場所を確認した百合華は、ノートパソコンを閉じ、紙袋とスマホとロルバーンのメモ帳を持ってアパートを出た。


 アパートの駐車場に百合華の車はある。うさぎがトレードマークのラパンだ。就職祝いに自分の給料と…両親の援助で購入した。この車に乗って、もう7、8年が経つ。小さな擦り傷や小さな凹みはあるが、他には支障が無い。定期的にメンテナンスに出している為、状態は良好だ。


 百合華は平日に運転することはほとんど無いが(平日は飲酒することがほとんどだ)、週末にはよく車に乗る。

 女子会メンバーの、夢子や美由紀、まりりんや宏美を連れて遠くまで買い物に行ったり、海へ遊びに行ったりしたものだ。


 百合華は早速運転席に乗り、エンジンをかけた。

 今日の五谷小学校における調査の成功を、一度だけ立願した。

 アクセルをそっと踏んで、百合華の挑戦が始まった。


 順調に車を走らせていた。混雑もしていないし、天気も良いし、ドライブ日和だった。百合華は最近レンタルで観て感激した2012年のミュージカル【レ・ミゼラブル】のサウンドトラック(英語版)を流した。ドライブに合うチョイスかと言われるとどうかと思うが、【レ・ミゼラブル】を観た時は、百合華は1人、息が止まりそうなほどに号泣したのだ。特に【One day more】という曲を聴くと、一緒に歌いながら車内でも涙が出てきてしまう。自分でも滑稽だと思う百合華だった。


【レ・ミゼラブル】は登場人物達が時間の経過と共に大きく変化していく物語だ。穂積怜の過去はまだ序の口も知らないが、彼が閉ざしてしまっている窓を、ドアを、少しでも開くことができればと思う。穂積怜はジャン・バルジャンのように善人になる必要は無い。ただ、抱えている重いものを誰かと……私と……分けあえるようになったらと思いながら運転を続けた。

 人のことばかりではない。百合華自身も、大事な事に気づき、人間としての魅力を、表面的なものでなく本質的な魅力を、得られるよう変化していけたらというのがこの調査の原動力である。



 2時間程走っただろうか。川を渡り、五谷駅も確認した。一応付けておいたナビも、小学校が近いことを示している。

 先ほどまで自然に溢れる景色だったのが、だんだんと工業の街へと変化していくのが判る。地図で見た時は思わなかったが、本当にこのような場所に小学校があるのだろうか?


 ナビが「もうすぐ目的地です」と言った場所は、工業地帯と工業地帯の間にあった。快晴だった空がどんより薄曇りに見える。


 五谷小学校に到着した。車は近隣に停めた。ここなら駐禁も注意も無いだろうと判断した。


 ———市立五谷(ごたに)小学校


 弥生が6年間在籍した小学校だ。

 土曜日だが、小学校の入り口に【校庭開放】と書いた札がかけられていた。百合華は鉄製の重い扉を開け、中に入った。


 校庭では何人かの男の子達がサッカーをしている。

 バスケットゴールに必死にボールを入れようとしている女の子のグループも居た。


 休日なので、教員が出勤しているかはわからなかった。

 だがあえて、先に電話をしたりせず、突撃訪問をした。理由は、弥生が通った小学校や、その周辺の雰囲気を肌で味わいたかったからだ。万一誰に会えなくてもまた来れば良い。それ程遠い場所では無い。

 平日に来校するのは百合華のスケジュール的にも難しいので、その場合は、有給でも消化してアポイントメントを取ってから来よう。


 百合華は校舎の方を見回した。校舎、体育館、プール、校庭、大きな時計…

 小学校に入る事自体久しぶりなので、百合華は郷愁の想いに駆られた。百合華の実家は他県にある。と言っても隣の県で、車ですぐ通える場所だが。

 五谷小学校の敷地内に入ると、自分の小学生時代が走馬灯のように頭を巡った。懐かしい友達の名前も沢山浮かんだ。

 だが、穂積弥生はそういった小学校生活を送ることは無かったのだろう。


 校舎に近くと、最初に【事務室】と書かれた小さな部屋を見つけた。事務室の前にはたくさんのひまわりが咲いている。小学生が育てているのだろう。

 百合華は【事務室】を覗いた。中に初老の男性と、若い事務員と思われる女性が2人居た。百合華は【事務室】のドアをノックした。

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