05. 妄想
その日も編集部女子メンバーは、仕事後の愉しみ、バー・オリオンへと足を運んだ。
カウンターには勿論、穂積怜。皆にとって、入店後彼を確認する事が一番始めのお約束だ。
「さあて?今日は何を飲もうかな。今日は疲れちゃった。」夢子が言う。
「私も今日はだめ〜。校了前は皆ピリピリしちゃうよね〜。」まりりんも続く。
「あらあら、どうしたのお嬢様がた。お疲れのご様子で。」
ひょうきんな店長が注文を取りに来た。鼻の下のちょび髭が、なんとなくバーテンダーらしさを醸し出しているが、この話し方はどうもここの雰囲気に合わない。それでも社長が気に入っているから、ここに勤め続けているのだろう。
この店長と女子会メンバーの付き合いも長い。5、6年になるのか。
穂積怜の名前は知っているのに、実は女子会メンバーは店長の名前を知らない。露骨だと百合華は思う。
とりあえずのビールを皆で頼む。ここの黒ビールは皆のお気に入りだ。
カウンターを見ると、穂積怜がビールサーバーからビールを次々と注いでいる姿が見える。今日も穂積怜は元気なのか不調なのかわからない。
店長が自ら黒ビールを5つ運んで来た。
「ごゆっくり」と優しく声をかけた次の瞬間、まりりんが突然店長に声をかけた。
「ねえ、店長、穂積さんのこと、何か知ってること何でもいいから教えて〜」
ねだるような声で店長の足を止める。
「穂積くんねえ〜、僕も良く知っている訳じゃないんだよね。ただ知ってるのはー…彼はハーフで、身長は185cm、血液型は知らないっていうことくらいかなあ。あと、あれね。寡黙ってことね。」
寡黙過ぎるのは女子メンバー皆が熟知していることだ。
「どことどこのハーフなんですか?」
おとなしい美由紀が声を出したので、百合華たちは驚いた。
「それも知らないの。聞いても咳払いして終わり、みたいなね。個人情報は死守するタイプみたい」
店長の言葉に5人はドッと笑った。
「みんな穂積くんのファンなのね〜やっぱりそうだよね〜。僕のことならいくらでも教えてあげるのに。
店長が言うと、夢子が「それはいいですー」と笑いながら答えた。
「ねえ店長、最後にもう1個聞かせて!」百合華が言った。
「何?」
「穂積さんと、社長ってどんな関係なの?」
数秒の間があり、店長が声を潜めて答えた。
「ただならぬ関係だってことは間違いないみたい、でもどういう関係かは僕にはわからないんだ、役に立たなくてごめんね。」
店長はウィンクして、他の客の注文を取りにテーブルを離れた。
黒ビールを飲みながら皆が疲れを癒している仲、百合華は考えた。ただならぬ関係……まさか社長、穂積怜のパトロン?それ以上の関係……?愛人?いやいやいや、そんな妄想をする自分に恥じらいを覚えた。
でも他にただならぬ仲って何だろう…
混雑してきた店の中をぐるりと見回すと、織田社長が夫人と共に談笑している姿が見えた。どう見てもおしどり夫婦だ。情熱的な社長は、愛妻家としても有名だ。奥さんの誕生日はいつもバーを貸切にして祝っている。そんな社長が、穂積怜と……ないない。
百合華が社長と穂積怜を交代に見比べながら、【ただならぬ関係】について考えていると、夢子が指で百合華の肩をトンと突いて笑った。
「ねえちょっと、何妄想してんのよ」
まるで心の中を読まれたようで、百合華は赤面した。他の女子会メンバーもそれぞれクスクス笑っている。
「妄想の話で言えばさ、」まりりんが得意の妄想話を始めた。
「この中で、穂積怜と一番お似合いなのは、百合華だと思う!」
百合華の顔はさらに赤くなり、耳の先が熱いのがわかる。バーの間接照明が暗めで良かった。
「なんでそんな話になるの…。」百合華は動揺を隠すように言った。
「だって〜絵になると思わない?」と、まりりん。
「悔しいけど、そうかも知れないね。前から言われてんじゃん、百合華って、モデルのミキちゃんにそっくりだって。人気モデルだよ?一般人は敵わないわ。」と夢子。
「私なんか絶対だめ、不釣り合いだし、私、口下手だし…。」と残念そうに語るのは美由紀だ。
明るいけどバーにくるとお酒ばかりに集中してしまう仲間、宏美も珍しく発言した。
「もう告白して付き合っちゃいなよ、お似合いカップルじゃん。」
百合華は何も言えなかった。言わなかった。実のところを言うと、自分でもそうだと思うことがあったことは絶対この4人には言えない。