47. まりりん
PM22時を回った頃から少しずつ参加者が帰って行った。24時には、社長、穂積怜、正樹君、まりりん、そして百合華だけが残っていた。夢子と美由紀は酔いが回ったと早めに帰路についた。4階編集室の皆はべろべろに酔った本山の機嫌取りの為に他の店に【はしご】しに行ったらしい。
「まりりんと正樹君、順調そうでいいね。」
百合華が頬杖をついて言った。
2人は顔を見合わせると、うん、と小さく頷いて言った。
「百合華、実はね。」
「うそおおおおおおおお」
「百合華…フライングだよ。」まりりんと正樹はどっと笑った。
「でもね、本当。あたし達、結婚するんだ。」
「本当?本当?すごーい、女子会メンバーでは宏美に次いで2番はまりりんだと思ってたけどさ。そっか。おめでとう。」
語尾をゆっくりにして、百合華は本音で祝福した。
深い事までは知らないが、まりりんと正樹はよくお似合いのカップルに見える。小競り合いをしている事もあるが、基本的には正樹の方が折れ、2人でにこにこしていることが多い。
「会社には残るの?」
「あ、はい。」正樹が答えた。
「お前じゃ無いだろ。」…穂積怜がツッコミを入れた。
「あ、あああ!そっか!ははは!」本気で照れている正樹の顔が赤い。
「あたしは残るよ。できる限りこの仕事、続けたいし。まあ君もそれで良いって言ってくれてるし。」
まあ君とまりりん…2人はそう呼び合っているのだろう。
「百合華に報告はできたし、そろそろ帰ろっか。」
まりりんは言った。
最近2人は同棲していると聞いている。同じ家に帰るってどんな感じだろう…答えのない想像をしつつ、百合華は2人におやすみと言った。
「さて。」
織田社長だ。
「今日は倉木さん、東君に聞くことがあるんだよね?」
「はい。」
「では、僕は先に帰らせてもらうよ。もっとも、優子に迎えに来てもらわないとならないがね。」
社長は優子さんに電話をかける。
「もしもし…うん、うん、そう、はい。よろしく。」
「倉木さんは今日もタクシーのつもりかい?」
「あ、そうですね。電車は終わっているし。」
「じゃ、今日はタクシーで、怜と一緒に帰るんだ。君ら家近いそうじゃないか。じゃ、これ受け取って。」
社長は1万円札を倉木の手に包み込んだ。
「今日はありがとう。僕は外で優子を待つよ。また週明けから頑張ろう!」
社長は黒いビジネスバッグを持ち上げ、穂積怜の肩をポンっと叩いて出口へ向かった。ドアが閉まる際、後ろを振り返らずに右手だけあげた。ああいうポーズが決まる人はそうそういない。正樹君がやっても、まだ箔が無いから無理だろう。
「じゃ、俺はインタビューの間ここに居るのか…話が聞こえるのも何だから2階の一番奥の席で待ってる。マスター、コーラ頼めますか?」
穂積怜は2階に上がり……このバーは、申し訳程度の2階席がある……、奥の席に座ると鞄からイヤホンを取り出し、耳に入れた。そして暫くスマホを見た後、会社の資料らしき冊子を取り出してペンを片手に冊子を読み始めた。




