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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第4章 準備
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42. 桑山

その日はバー・オリオンで桑山に会う予定があった為、夢子とともに会社を出てオリオンに一緒に入った。


「夢子…あのちょび髭店長の名前、わかった?」



「…わからない。」



バーの中は薄暗い証明に照らされた沢山の客がそれぞれのお気に入りの酒を楽しんでいた。喫煙OKのバーなので、紫煙がうっすら見えるが、社長がこのバーを設計する際に排煙設備や分煙機の設置に手間をかけたのでそこまで煙は充満していない。


桑山は19時頃になると言っていたので、18時半頃までは夢子、美由紀、まりりんに正樹のメンバーで久しぶりに飲んだ。

取材の話は特にしなかったが、話はふんだんに盛り上がった。まりりんと正樹は仲良くやっているようだ。それを告げると正樹は恥ずかしそうに後頭部を掻いた。フリーの夢子と美由紀は、「いいなあ〜」ばかりを繰り返していたが、考えてみれば百合華もフリーだった。

しかし今は調査のことばかりが頭にあって、恋人作りの余裕など無かった。


時間がきたので、メンバーに「またね!」と告げ、カウンターの奥の席へと移動した。

今日は取材ではないが、大事な時間となるだろう。


19時を15分程過ぎた頃、無垢の木のドアが開き、桑山が店に入ってきた。

「こっちです」声は聞こえないだろうが、百合華は桑山に手を振った。

以前桑山が選んだ、カウンターの隅の席だ。


「悪い悪い、遅くなっちゃったな。あれ、まだ飲んでないのか?」


「実は夢子たちと先にちょっと飲んでました。でも注文しましょっか。」


数あるメニューの中から、桑山はウィスキーのロックを、百合華はブラッディマリーを注文した。


「今日は、何だっけ。話しておきたいことがあるって言ってたっけ?」


桑山はポケットから煙草とライターを出した。


「あ、ごめん。これいい?」


「どうぞ。」


愛煙家の桑山は嬉しそうに煙草を吸い始めた。

ふーーっと長く息を吐いて白い煙を出す。排煙装置のせいか、煙は店の上方に巻き込まれていく。


「そうです、話しておきたいことがあるんです。」


「何のことだ。また穂積か?」


「まあ、そうといえばそうなのですが。私この間、反省したんです。彼のこと何も知らないのに、知らないうちに傷つけてたクズなんだって。」


「ああ、あれ。あれは穂積に問題があるだろう。」


「それを答えにしたら、私は何も学べないんです。私は確かに自惚れてたし自分のことばかり考えてた。そんな自分を今、変えたいと思って、このタイミングが私にとってはチャンスだと考えたんです。」


バーテンダーが注文した酒と、おまけに各種ナッツやスモークチーズが乗ったお皿を持ってきてくれた。


「おお、サンキューな。」


百合華も頭を下げた。


「そこまで思わせるほど、穂積は倉木にとって特別な存在なのか?」


桑山は短くなった煙草を吸いながら聞いた。


「それは本当にまだわからないんです。特別といえば特別には思っているかも知れないけど、ただの同僚とは思っていないし、想い人とも思っていない……かなあ。」


「ふうん。それで、話しておきたいことって、それ?」


「あっ、いえ。今日ご報告したいのは…私が今変わりたい、学びたい、よりよい人間になりたいと思っていて、その為には何が穂積さんを傷つけていたのかを本当に知りたいと思ったんです。それで今、本人の許可を取って、調査をして、穂積さんの人生を知ろうとしています。

仕事には支障が出ないよう重々承知の上での行動なので、ご心配にならないでください。桑山さんには、知っておいてもらいたくて、今日わざわざお呼びたてして…すみません。」


「本当に仕事に支障出ないんだろうなあ〜」


ナッツをカリカリ食べながら、ふざけた顔で桑山は睨みつけてきた。


「大丈夫です。仕事が本業ですから。支障がでるようなら調査はやめます。」


「そうか。じゃあ、ま、頑張れ。」


「それだけですか?」百合華は笑った。


「他に何言うんだよ。もう頑張ってるんだろ?雰囲気でわかるよ。でも引き続き、やると決めたからには頑張れ。って言ってんだ。」


「あ、ありがとうございます。」


「でもあれだ。」


桑山は相変わらずナッツを食べ続けている。


「前も言ったろう?あいつは重いものを持っている気がするんだ。それに一緒に飲み込まれるなよ?俺はニュートラルな立場だから、何かあったらすぐヘルプ信号出せ。いいな?」


優しさで言っているんじゃない。本気で心配して言っているんだ。百合華は調査を始めてから、色んな人の厚意に触れてきたと感じた。


ありがとうございます。百合華は深々と頭を下げた。


「ところで桑山さん、」


「あ?」


「ここの店長、ちょび髭の店長のお名前、ご存知です?」


桑山に近づいて、百合華は小さな声で聞いた。


桑山は笑った。そして教えてくれた。


「東さんだ。ひがし。」


「ひがしさん、ですね。わかりました。」


百合華はロルバーンのメモ帳を鞄から取り出して、【ちょびひげ=ひがしさん】と記入した。


「なんだ、それ取材用ノートか?」


「はい。昨日で半分位使ったんですけど。」


「順調じゃないか。俺も取材に東奔西走したことがあるよ。日本を飛び越えて下手くそな英語で聞き回ったこともある。いいか?謙遜するなよ?お前は良い顔持ってるし、相手の懐に入るのも才能がある。ノート半分埋まったくらいでほっとしてたら大間違いだ。それの百倍もの情報を得るつもりで、獲物に食らいついていけ。」


「はい、肝に銘じます。」


それから桑山はウィスキーを美味しそうに飲みながら、取材時代の話を嬉々として話してくれたのであった。



……獲物に食らいついていけ。桑山は言った。百合華はそこまでの覚悟が今できているのか。いやまだだ。これからはもっと、ハンターの心持ちで情報収拾に取り掛かろう。

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