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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第4章 準備
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40. カード3-3

「弥生は海外のお客さんが来るのが嬉しくて仕方なかったみたい。外の看板にENGLISH OK!なんて書いちゃって。全然話せないくせにね。でも口コミなのかなあ〜、基地の米国人だけじゃなくて、旅行者とか、在住者とか、とにかく外国の人が沢山来るようになって店は盛況してたみたいよ。

でも実情はね……これも私の友人談なんだけど…」


優子は声をひそめて言った。誰も聞いてはいない筈だが…。


「弥生の店が盛況したのは、弥生の愛想の良さでも、店の雰囲気でも、酒の味でもなんでもなかったって話なの。ようは、『あそこのママは簡単に、しかも無料(タダ)やらせてくれる』そういう噂が外国の人たちの間で広まってしまったらしいわ…まあ、弥生も外国の人に相手にされて喜んでたらしいけどね。」


スナック・弥生はそのうち秘密裏に売春宿化していたらしい。

スナックの経営は堕落する一方で、好みの客を探す毎日だから弥生の生計は窮迫していたに違いない。弥生の経済的問題…とメモに書いたところを優子はちらっと見て、


「好みじゃない男性が相手だった場合は結構お金を取ったって噂で聞いたわ。」


と言った。



昼夜逆転した生活を送っていた弥生だが、ある時の昼間たまたま優子と弥生が出くわしたらしい。いつ頃かは覚えていないそうだ。


「驚いたのはね、けばけばしい格好をした異様な雰囲気を隠しきれない弥生のね、お腹が大きくなっていたの。」


まさかそれが……血の気が引く思いでペンの動きが完全に止まってしまった。


「そう。それが、穂積怜。弥生が言ってたわ。もうすぐ生まれるからベビー用品買いに行くところなの。って。久しぶりーとか、そんな挨拶一切無しで、幸せオーラに包まれて自分の幸福しか見れないって感じで。私が「おめでとう〜、結婚してたの?」と言ったら、彼女は「してませ〜ん、誰の子かもわかりませ〜ん。でもハーフなのは間違いないの。」って、もうハイテンションで。

私はその弥生のノリについていけなくて、というか理解できなくて。わかりませ〜んって何?って思うじゃない?」


その話には百合華も放心した。穂積怜はこの話、知っているのだろうか?


優子は話を続けた


「それから、またベビー用品一緒に買いに行こうよう、とか誘われるのも嫌だったし、早々にお別れしたかったんだけど、彼女が引き止めるのよ。自分の幸せ自慢がしたくて仕方がなかったみたいで。私にとっては本当にどうでも良い話ばかりだったんだけどね。例えば「ジョセフの子だったらいいな〜」とか「でも同時期に何人もだったからわかんないや〜」とか…お下品でごめんね。

それで、私も早く会話切り上げたかったんだけど、「性別は?」って聞いちゃって。そしたら関心持ってくれた事に更にハイになった弥生は「男の子よ!ボーイ!絶対ハンサムだから見に来てね、あのスナックに今もいるから。」と鼻歌を歌い始めたのよ。

じゃあ、体大事にしてねって、私もようやく切り上げる事ができて、弥生は鼻歌交じりで「絶対見に来てね〜約束よ〜」って何度も言ってた。その時は、絶対見に行かないよ…って心の中で思ってたんだけどね。」


だけどね……そこから先が気になるのだが、優子がふうー、と息を吐き、


「これでお終い。私が知ってる話はね。だから【穂積怜との出会い】は、彼が生まれる前からなの。お腹の中の子が怜だと言えるのは、赤ちゃんが生まれてから弥生は会う人会う人に怜を見せびらかして、「かわいいでしょう、怜って言うの!」って言いふらしていたから、それを耳にしてね。父親はわからないらしいわ。

彼が成長してから出会った話もあるけど、厳密に言うと出会いは彼がまだお腹の中にいた時だから。」


そう来たか…百合華は唸った。

ついつい成長した穂積怜のことばかり想像していたが、まだ胎児の頃だとは。しかしそのお陰で、穂積怜の出生の秘密や母親のことを聞くことができた。

そっけない返事をする男性陣より、ずっと有力な情報ばかりで百合華は本心で感謝した。


「長くなってしまって、申し訳ありません。優子さん、お礼に何か飲み物オーダーさせてください。喉、乾いたでしょう?」


「あ、じゃあビール。もう、カラッカラよ〜!なんて嘘。昔話は懐かしい、けど酸っぱいわねえ。でもね、話せて良かった。倉木さんと怜の助けになれば、なおさら嬉しいんだけどね」


最後まで優しい口調で話すこの優子という女性に、こんな女性になりたいという憧れを抱いた。


「じゃ、夫のところに戻りましょう、彼さっきからチラチラこっち見て落ち着きがないの。皆でビール飲もう。」


「はい!」


恭太郎の席の左隣に優子、右隣に百合華が座った。


「今日は本当にありがとうございました。優子さんにはお時間とらせてしまい、申し訳ありませんでした。今度、屋上庭園の手入れのお手伝いさせてください。

社長もありがとうございました。これはほんのお礼です。マスター!ビール3つお願いします!」


優子は、屋上庭園のことを、ありがとう、助かるわ。と笑顔で返した。


穂積怜の出生の秘密は、決してハッピーなものではなかった。

穂積弥生はまだ生きているのだろうか。


するとビールを飲んでいた優子が急に思い出したように、


「そういえば私、小学校と中学校の卒業アルバム持ってるよ?良かったら貸すけど?」


「おいおい、あれだけ喋っておいて、君がそこまでする必要はないだろう」

恭太郎が言う。


「あれは私が好き放題に話してたの〜!あ、マスター、ビールありがとう。じゃあ、皆で飲んじゃいましょう!乾杯!」


優子は明るく乾杯と言って、ビールをぐびぐび飲み干した。余程喉が乾いていたのだろう。


「あ、あの、じゃあ、ご迷惑じゃなければ卒業アルバム見せていただいてもいいですか?」


「いいわよ、明日持ってくる。お昼休みでいいかな。夫の部屋に来てくれる?」


「わかりました。何から何まで、本当にありがとうございます。」


百合華のメモ帳は、今日だけで半分位に減った気がする。

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