38. カード3-1
「穂積さんのお母さんを知っていらっしゃる!感謝しきれない情報です!」
百合華が恐縮していると、優子は続けた。
「お喋りだからもう少し続ける?それとも、もうやめにする?」
「いやいやいやいや、是非、続きをお願いしたいです。」
こんなチャンス、今後滅多に無いかも知れない。優子が女神に見えた。
「怜のお母さん、穂積弥生。彼女とは小学生の頃、何度か同じクラスになった。あれは何年生だろう、2年生くらいかな。初めて同じクラスになったのは。華奢でね、色白で血管が透けて見えてて。活気が無くて病人みたいだった。
清潔感っていうものが無くて、いつも大体汚れのついた同じ服。あ、小学校は私服だったからね。サイズ合ってなくて、上下の服がちぐはぐ過ぎて。わかる?上はガールズスタイルでレースつきの服で、下はボーイズの迷彩みたいな。あれはきっとフリマとかでただでもらってたのよ。新しい服着ている事なんてなかったもん。近づくとむせるような、饐えた匂いがしてた。あ、メモ追いついてる?」
優子が笑いながらメモを覗き込む。
編集室で仕事をしている時には基本的にデスクワークが多いが、時折こうして現場に出て取材の手伝いをしたことは何度もある。
それでも百合華のペンを握る手は、少し震えていて、みみずが這うような文字になっていた。後で見返して、かろうじて判別できるだろう。
「大丈夫です、続けてくださいますか?」
「勿論。話は始まった所。そんな穂積弥生だったから、周囲から奇異な目で見られていたわ。そうそう、同じクラスの時、一貫していたのはね、彼女給食を流し込むように下品に食べるの。それで必ず、パンとかを鞄の中に隠して持って帰ってたのよ。揚げパンが出た時なんか、まわりの反応なんて気にもせずにキャーキャー喜んでたわ。もちろんそれも、ティッシュか何かに包んで持って帰ってた。
担任は特に注意しなかったな。何でだろう、弥生のプライベートな事情をある程度知ってたかも知れない。」
流し込むように下品に食べる…穂積怜と重なった。
早食い…「穂積さん、早食い競争に出たかったんでしょう?」自分が問うた発言も思い出した。何か関わりがある筈だ。
「穂積弥生に仲のいい友達はいなかった気がする。なのにお嬢様気取りなの。だからむしろ嫌われてたわ。私も良い気はしなかった。グループ行動の時とか、偉そうに指示出したり、教室でもチクリ魔で先生にすぐ「何々君が何々してましたー!」とか突然言うの。変わってたわー。」
百合華は必死にペンで追いかけた。
「でも、個人的に可哀想だと思ったこともあった。体育やプールの授業で着替えるでしょ?その時、顔以外の場所に痣や傷が所々にあって。低学年の小さい頃は良くわからなかったけど、高学年になってくると、誰かに暴力を受けてるんじゃないかって確信してきて。
で、ある日聞いたの。「穂積さん、暴力受けてるなら、先生に相談に行こうよ、一緒に行くから。」って。そしたら弥生は、「何のこと?あたしが暴力なんて受けるわけ無いじゃない。」って鼻でふんって笑って、どっか行っちゃったの。その時、正直、もう知らない。って思っちゃったけど、もっと追求すればよかったかなって今は思う。多分、家の人に虐待受けてたんだと思うから。」
穂積怜の実母は虐待を受けていた…
今の時代でこそ虐待は大きな問題として扱われるようになりつつあるが、当時はそこまで深刻では無かったのかも知れない。先生含む大人も、見て見ぬ振りをしていた可能性はある。
「弥生の家は、父親はどう見てもごろつきだったわ。実際は知らないけど。弥生の母親はスナックを経営しててね。ボロボロの場末のスナックよ。けばけばしい化粧をして、けばい服着て…ひらひらでの胸元の開いた服。
ああ、自分はそんな高そうな服着て弥生には服買ってあげないんだ、って思った。何で弥生の母親のスナックへ行ったって?なんかね、突然弥生に「優子ちゃんだけに見せたいものがあるの!今日うちに来て!」ってキャピキャピ言われてね。
気は乗らなかったけど、学校帰りにそのまま寄ったてわけ。弥生の両親には勿論、歓迎されなかったわ。父親は昼間から焼酎飲んでるようなだらしない感じだったし。こんにちは、って挨拶しても、両親ともども無視してた。
うん、その、弥生の家に初めて行ったのは高学年の…5年か6年だったかな。」
百合華は優子に、スマホでボイスレコーダーを使って良いか訪ねた。優子は快諾してくれた。最初から使えばよかった。でもリアルタイムで取るメモも貴重なはずだ。レコーダーだけに頼らず、百合華はメモを撮り続けた。




