37. カード2-2
「それでは、簡単なインタビューなのですがプライバシーに関わることなので、お一人ずつ別の場所で聞かせていただけますか?」
カウンターの席を立ちながら言う百合華に、織田夫妻は顔を見合わせた。
「ああ、これ、もしかして怜が言ってた【質問】のやつ?」
優子が言う。優子は穂積怜のことを『怜』と呼んだ。
「その通りです。1つだけ、穂積さんに関して教えていただきたいんです。それで…どちらから始めます?」
「じゃあ………あなたからどうぞ。」
優子は織田恭太郎を優先させることにしたらしい。恭太郎は渋々席を立った。
2人はカウンター席の奥、以前桑山と座った比較的静かな空間に移動した。百合華は鞄からロルバーンの手帳とペンを取り出した。
百合華はこの瞬間まで、織田に聞く質問を考えてきた。具体的な質問が良いのか、それとももっと広くて大きい抽象的な質問が良いのか…
でも織田恭太郎は【ただならぬ関係】と、ちょび髭マスターは以前話をしていた。だったら恭太郎にしか知らない情報は沢山ある筈だ。抽象的な質問は、今後他の誰かにできるかも知れないが、具体的な話は恭太郎だけが握っているかも知れない。苦痛なのは、それを1つに絞らなければならないことであった。
そして百合華が悩んで1つに決めた質問は、
「織田社長は、穂積怜さんのどんな秘密を知っているのですか?」
という、具体的とも抽象的とも取れる質問だった。
暫しの沈黙が流れる。
もしかしたらこの返答次第で、大きく穂積怜の本性に近づけるかも知れないのだ。
織田社長は眉間に皺をよせ、やや下方を向いて腕組みをしている。頭の中で色々考えているらしい。
織田社長を眺めていると、そんなに難しい質問をしてしまったのか…と思った。同時に、核心に近い質問だったのかと、少し自信が湧いてきた。
今日も織田社長は社長らしい格好をしている。黒いスーツに、紺色の、何か模様が沢山散りばめられたネクタイ。髪の毛はオールバックに決まっているが、前髪がM字に少しだけ後退している。ラフな感じの優子と、相性の良さそうな男性だ。
「うーーーん…。」
社長は言葉を選んでいる。社長としてはなるべく核心は避けたいのだろう。
「時間制限、ある?」
社長は、わっははと笑いながら聞いた。
「いいえ。ゆっくりお考えください。」
また暫くの時間が経った。
優子さんを確認してみると、心配そうに社長の顔を見ている。
社長ほどの頭の切れる人でも、悩むような質問だったのか。百合華は少し嬉しかった。
「秘密は…」
社長が重たい口を開いた
「あいつが、怜が、事件に巻き込まれたこと…だよ。以上。」
え?
いつ?どこで?どんな?なんで?
百合華の中に質問がどっと湧いたが、ルールはルールだ。1つしか質問はできない。
ロルバーンの手帳に、
事件に巻き込まれた
と書いた。
「ありがとうございました。」
百合華は立ち上がって深々と礼をした。
恭太郎が優子の隣に座った時、優子は深く頷いて百合華に近づいてきた。
優子が百合華の隣に座った。
「だいぶ夫を悩ませたみたいね」くすくすと笑う優子さんはとても綺麗だった。
「すみません…」本当に申し訳なくて、百合華は謝った。
先に質問させてもらってもいい?と優子が言った。
「はい、どうぞ。」
「怜の事を調べ上げて、一体どうするつもりなの?」
「実は、彼と先日トラブルがありまして、私は彼に何も配慮せず彼のことを傷つけていたことを知ったんです。でも何で穂積さんが傷ついたのかわからなかった。穂積さんは自分では話さないと言ったので、こうして探偵活動をして、穂積さんのことをもっと良く知って、本当の意味で謝罪がしたいんです。」
探偵活動という言葉に、優子はふふふっ…と笑った。
「そっか〜、倉木さんは、怜の恋人?」
「いえ、同僚です。でも、普通の同僚より特別な感情は持っている気がします。」
「そう…」
少しだけ、優子さんが残念そうにしているように見えたのは気のせいだろうか。私が恋人だと言ったら喜んでいそうな空気だ。
しかしそこで質問のカードは使えない。
百合華は聞いた。
「穂積さんのこと、初めて知ったのは経緯はどういったものですか?」
優子は天井を見上げて、恭太郎と同様に「うーん…」という声を出した。
「女って、基本、お喋りじゃない?」
優子が突然言った。「ええ。」と百合華も同意した。
「怜や、夫が答えたのってきっと、凄く素っ気ない答えだったと思うの。」
「ええ…。」百合華は首を縦に降った。
「でも私たちは女同士。だからちょーっと、お喋りになるわね。」
優子は微笑みをたたえながら、百合華の目を見た。
「助かります!」
百合華はつい大きな声を出してしまった。だが、喧騒としたバーでは大したボリュームにはなっていなかったらしい。誰もこちらを見ることは無かった。
「怜のことを知ったのは…えーと、30年前?それくらい。凄く長いの。」
「30年!」
百合華は、優子=30年の知り合い、とノートに書きなぐった。
「そう。というかね、私が、あの子…怜ね。あの子の母親と、小・中と同じ学校だったのよ。」
突然の大激白に百合子はペンを止めることなく滑らせた。




