33. 運試し
「それから……」
百合華が話し始めようとすると、穂積怜が言った。
「もういい。でさ、俺の発言の意味知りたいって言ってたけど、俺は自分の口から1から説明するつもりはない。」
「……はい。」
「俺はあんたのこと、クズだと思ってる。でも本当のクズは、今あんたの目の前にいる、俺だ。」
「え?」
「その意味がわかれば、俺が以前あんたに言ったことの意味もよくわかるだろう。」
百合華は何も言えなかった。全身汗だくだ。
「こんなのはどうだ?」
穂積怜が財布から100円玉を取り出した。
「これで、表が出たら、あんたに俺の過去を含め、秘密を探る権利を与える。裏ならゲームオーバー。もうこれきりだ。」
「これきりと言うのは…?」
「ただの社員同士で私語もしないってことだ。」
「わかりました。穂積さんが投げてください。」
穂積怜は100円玉を左手の親指と人差し指が交差する場所に置いた。そして勢いよく親指をはじき、100円玉は回転しながら宙を舞った。そしてクルクルと落ちてきた所を、左手の甲に乗せ、同時に右手で100円玉を押さえた。
パチンッと大きな音が鳴り、100円玉は穂積怜の右手の下に消えた。
「さて、どっちかな。」
穂積怜は無表情のまま、右手をそっと開いた。
100円玉は、表を向いていた。
「表、だな。」
「じゃあ、私、穂積さんのこと調査する権利があるってことですよね?」
少し声のトーンを上げて百合華が言った。心の中では「もうこれきり」にならなくて本当に良かったと胸をなで下ろしていた。
「まあ………うーん、そう…だな」
「穂積さん、自分で100円玉で決めること提案したんですから」
百合華は笑った。
「じゃあ、少しだけルール設定させてくれ。」
「何でしょう」
「俺の秘密を探るに当たって、俺のことをよく知っている人…まず俺。俺に質問は1つだけ許す。織田社長と優子夫人には、質問はそれぞれに1回ずつ。オリオンのマスターにも1回。そこからスタートしてゴールにたどり着いたらあっぱれだ。」
「全然期待していない顔していますね。」
「当たり前だ。あんたにそんな根気があるとは思えない。」
「見下さないで下さい。これは謎解きゲームじゃないんです。私自身が、自分を見つめ直して、磨きをかけて、穂積さんをにきちんと謝罪をして、その上驚かすという復讐の意味もあるんですから。」
復讐、という言葉を使ってしまったことに焦ってしまったが、穂積怜は気にしていないようだった。
「そうか、まあどうでもいい。がんばれ。織田夫妻とマスターには1つ以外のヒントは与えないよう連絡しとくから、ズルするなよ。」
タバコを加えたまま、穂積怜はスタスタと喫煙所へと戻って行った。
「何言ってるんですか。私は穂積さんよりずっと長く、出版社での仕事をしているんですよ。取材には慣れてますから!」
穂積怜は後ろを少し振り返り、何も言わずにまた前を向いて歩いて行った。
百合華は気づいていた。穂積怜と話している間、チラッチラッとこちらをみては聞き耳を立てている夢子たちの存在を。正樹もまりりんの横で同じことをしていた。
穂積怜が百合華の前から去ったときは、夢子たちは急に焦って弁当を食べたりジュースを飲んだりし始めた。実にわかりやすい。
「聞こえてた?」
夢子に聞くと、
「いや、聞き取りはできなかったけど、コイン投げて何してるんだろうって……ねえ?」
夢子は他のメンバーの顔を覗き込み、皆うんうんと頷く。
「結果から言うと、私、プライベートで穂積怜の取材をすることになった。取材して、彼を知って、己を磨いて、それから本当の意味での謝罪をする。」
「ええ!でも、いいんすか?倉木さんも相当傷ついたはずなのに、穂積さんに謝るために骨を折るなんて。」
正樹が真顔で心配していた。
「それで百合華が納得するなら、それでいいの。ね?百合華。ただ、無茶だけはしないでね。何かあれば私たちが…」
「ううん、皆の気持ちは受け取っておくけど、取材は1人で全部する。だから、今まで通りそっと見守っておいてくれるとありがたいです。」
百合華はベンチに座りながら、皆に頭を下げた。
「ミステリアスな男・穂積怜の謎を解く。なんか面白そうだね」
美由紀がことの外、このミッションに愉しみを見つけたようだ。
「その為には綿密なプランを立てなくちゃ。暫くオリオンメンバーから離れちゃうけど、また機会あったら同席お願いします。」
皆笑顔で頷いていた。




