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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第3章 同僚
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28. 隣同士

 結果から言うと、百合華は穂積怜と一緒に弁当を食べることができた。ただし、編集室のデスクで隣同士で。


 天候が悪く、屋上庭園は使えなかった。

 物理的には隣同士で食べているが、正式には一緒に食べてもいいですか?と聞いたわけでもないから、一緒に食べたこととしてカウントして良いのやら迷えるところだが、確かに隣同士で食べているのは真実だ。


「じゃ、いただきます。」


 穂積怜はちらとこちらを見て、バンダナの包みを開けた。今日のバンダナは薄紫だ。


「いただきます。」


 百合華も声にだして、お揃いの色のバンダナを(ほど)いた。


 今日のメニューのメインは、アスパラのベーコン巻きだ。一口サイズに切ったベーコン巻きを4つ程レタスの上に乗せてある。卵焼きは焦げも無く美しく仕上がっており、蒸したブロッコリーや人参が彩りを添える。それにほうれん草の胡麻和え、レンコンの炒めたのと、梅干しとごまを玄米入りごはんの上に添えた。


 木製の曲げわっぱに合う、シンプルでお洒落なメニューだ…と、自ら作った弁当を愛でていると、右隣からガツガツと音がする。

 穂積怜は、見映えは全く気にしないのだろうか。それは作り手としては残念なことだが、先日の如く左手には弁当箱、右手には箸を持ち、吸い込むように弁当を食べ尽くしていく。


「そんなに急がなくても、誰もとりませんよ?」


 百合華が笑いながら声をかけると、口の中が食べ物で一杯な穂積怜は片眉をあげただけで、そのまま弁当の中身をかっ込んだ。

 お上品な食べ方とはとても言えない。しかしマイナスポイントにはしないことにした。なぜなら食べ終わった後、穂積怜は「美味しかった。」そう言ったからだ。


「量は足りますか?濃い食べ物と薄い食べ物、どっちが好きですか?」


 ここぞとばかりに聞くと、


「足りるし、味はこだわらないよ。ごっそーさん。」


 と、素っ気なく空っぽの弁当箱と薄紫のバンダナを渡してきた。

 喫煙室は社内にもある。「んじゃ。」と言って穂積怜は出て行った。

 百合華はまだ、一口も弁当に箸をつけていなかった。




 一方、正樹に告白すると宣言していたまりりんは、本当に告白をした。さすがに結婚も視野に入れて、とは言わなかったらしい。そして2人はカップルになった。あっさりしたものだ。



 次の日も、その次の日も、雨だった。告白に天候は関係ないが、百合華には関係がある。どうしてもあの素敵な屋上庭園で、2人で弁当を食べたいのだ。

 待った甲斐があったのはその次の日。束の間の晴れの日だった。

 昼休みになり、皆がわらわらと散って行った。今日こそは。百合華は夢子たちと屋上庭園へと上がった。


 屋上庭園の芝生やベンチは少し濡れていたが、それを拭うタオルを百合華は持参していた。最初は夢子たちと一緒にいたが、百合華はまだ弁当を包むバンダナを開かずにいた。今日は薄い緑色のバンダナだ。


 穂積怜が屋上に上がってきた。あいかわらずスラリとしている。長い手足を揺らしながら、百合華の方に近づいてきた。百合華の目の前に来た穂積怜だが、何も言わなかった。しばしの間が穂積怜には謎だったらしい。少し顔を傾けた。


 百合華は1つの弁当を穂積怜に渡し、そしてもうひとつ1つを右手で抱え込んだ。

 そして穂積怜の細い腕__今日は白いワイシャツと黒いズボンだ__をぐっと掴み、「ちょっと来て」と、庭園の喫煙所とは反対側の人が少ない場所…以前穂積怜が1人で百合華の弁当を食べていた場所だ…へ連れて行った。穂積怜は何も言わない。


「あの。今日から一緒に食べても、いいですか?」



「それはちょっと…」


 穂積怜が即答した。百合華は弁当を落としそうになった。その場に泣き崩れたい思いに(さいな)まれた。


「あ、ごめん。本音を言うと、ご飯は1人で食べる派なんだ。でも…」


「でも…?」


「ダメって言う権利無いよな、俺に。」


 そう言いながら穂積怜はコンクリートでできた植栽プランターの端に座り、百合華を見て、隣を掌で指して「どうぞ。」と言った。

 煮え切らない思いがあったが、これは拒絶とまでは言わないだろう。どの道穂積怜のことだ。「うん、いいよ!」なんて言う訳が無い。少しばかり傷心した百合華だったが、切り替えて座ることにした。


 いつも通り、いただきますをして、いつも通り、穂積怜は異例のスピードで弁当を平らげた。


「いつも早過ぎますよね、なんでですか?」百合華が聞くと、


「んー、うまいからかな。」と穂積怜は言った。


「朝食や夕食もそんな感じなんですか?」


「そう。」


「いつからそんな早食いなんですか?」笑いながら百合華は言った。

 すると穂積怜は、


 何も答えなかった。気のせいか、不思議な色の瞳は切なさを(たた)えているようにも見えた。


 なにかまずいこと聞いちゃったかな、と感覚で思ったが、一緒に食べるとこうして会話でコミュニケーションが取れる。

 もっともっと穂積怜のことが知りたい。

 百合華は、百合華の頭の中の穂積データベースに満タンの情報を蓄積したかった。今日はその第一歩が実現した。まりりんに一歩、追いついたかな。


 食べ終わったら穂積怜は素っ気なく喫煙所へ去る。もう慣れた。百合華が夢子たちをチラッとみると、コンビニ弁当を平らげながら、グーサインをする夢子達が居た。


 まりりんは正樹の横にちゃっかり座っている。

 女子会メンバーはそれぞれ、こうして各々の道を選んで別れていくのかな…ふとそんなことを思った。


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