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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第3章 同僚
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26. 努力

 たかが弁当、されど弁当。

 この歳で、弁当にここまで振り回されるとは思わなかったけど、結果的に穂積怜の手元に渡り、今、彼はそれを食している


 階段口から覗き込むように穂積怜を見ていた百合華はおもむろに屋上庭園に姿を表した。そして穂積怜の元へ駆け足で向かった。


 誰かの(多分夢子の)笑い声が聞こえたが、気にしている場合ではない。

 穂積怜まで、3秒前、2、1……


「お、美味しいですか?」


 突然の百合華の出現に動じること無く、穂積怜は口に何かをほうばりながら、「うん。」と、弁当を左手に、箸を右手に、頷いた。

 Lサイズの曲げわっぱ弁当箱を買ったが、穂積怜の片手にすっぽり収まっていた。手のひら大きいんだ…。百合華はその情報も穂積データベースにインプットした。


 噛んでいた何かを飲み込んで、穂積怜が言った。


「昼飯なんて、習慣がなかったからどうかと思ったけど、案外いけるね。うまい。」


 百合華はプライドと自信と自己愛の塊だ。そんな百合華が作った弁当を、穂積怜が……「うまい」と言った。涙が出そうだった。



 弁当箱の中はもう空に近くなっている。物凄い早食いなんだ…百合華はこれもデータに入力しておくことにした。


 ちゃんと噛んで味わっているのかな…?一抹の不安を感じたが、百合華は甘辛チキン揚げの話を披露した。


「ふーん、マスターが。っぽいな。」


 反応は薄かったが、味は堪能してくれたように百合華は思えた。


 そこで気づいた。百合華はまだ弁当を食べていない。

 あれこれ忙しくて、食べる暇が無かったのだ。

 幸い絶望して地の果てへ墜落することは免れたので、自分の弁当を食べることにした。荷物ごと、夢子が座っているベンチに置きっ放しだ。


「ゆっくり食べてください。私も食べてきます。」


 百合華が声をかけると、穂積怜が言った。


「ちょっと待って。」


 そして、曲げわっぱに残っていたものを全て掻っ込んで、「ふう」と一息つき、「ごちそうさん。」と、弁当の蓋を閉めた。

 そして白のバンダナと共に、百合華に返した。


「私が見てきた中で、1番早食いです、穂積さん…」


 百合華は驚きながらも、穂積怜が渡してきたものを受け取った。


「明日も作ってきていいですか?」


 百合華が言うと、穂積怜は黒いズボンの後ろポケットを探り、財布を出した。


「じゃ、これで1ヶ月でどう」


 と、1万円を出した。


「いえ、これは……売り物じゃないので、お気遣いなく…。」


「でも、材料費とかかかるじゃないか。」


「自分の食事のついで…と言っては語弊がありますが、そんなに大層なものを1から作っているわけじゃないので…お金もらうと仕事っぽくなっちゃうから、本当、いいです。」


「………わからないなあ、受けとりゃいいのに。」


 穂積怜は首を傾げた。


「その代わり今度、奢ってください、何か美味しいもの。」






 —————また、余計なことを!!


 なぜこうもスラスラと、図々しい事が言えるのだ、自分…。百合華は開いた口を自力で閉じることが出来なかった。


 その顔が面白かったのか、穂積怜はくすりと笑い、


「じゃ、そういうことで。」


 そう言ってその場を後にして、喫煙所に入っていった。


 穂積怜から受け取った空の弁当箱を持って、夢子たちのところへ行くと、


「よかったね!大成功!」と夢子が百合華に軽くハグをした。


 まりりんと美由紀、そして、女性陣に囲まれた正樹もニコニコしている。



「……まさか皆、ことの顛末を知っている…とか?」



 皆が同時に頷いた。


 この際、良いか。玉砕する姿を見られるよりも何百倍も誇らしい。


「穂積怜、ものすっごい勢いでがっついてたよ。」

 と、夢子。


「もしかしたら、お昼ご飯、今までは我慢していたのかしら。」

 とは、美由紀。


「これからは私たちに遠慮しなくていいから、穂積怜と一緒にランチしたら?」


 夢子が突然の案を出してきた。


 やっと1つのミッションをクリアしたばかりだと言うのに、また寿命が縮まるような事を言う…。

 それでも百合華は、お揃いの弁当を頬張りながら笑顔でいる自分と穂積怜の姿をイメージしてしまった。

 問題は…


「嫌がられそうだけど…」




「当たって砕けろ!っすよ!倉木さん!」


 正樹が輝く笑顔で、拳を握って応援してくれた。


「神保君だったら、どう?そういう同僚が居たら…」


 百合華が聞くと、正樹は即答した。


「嬉しいに決まってるじゃないっすか!」



 …喜ぶ穂積怜?

 そういえば、さっきの弁当の時も、喜んでいたか、と言われると自信が無い。


 曲者め……、そう思いながら、百合華は自分の弁当箱を開けた。うん、美味しそうだ。穂積怜と同じ物を食す。良い気分だ。


 明日も新しいチャレンジをしてみよう、と決めた百合華であった。


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