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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第3章 同僚
24/232

24. 葛藤

 百合華の自宅アパート。


 (くだん)の自分の弁当箱は今日も空っぽだ。我ながら味も見栄えも良い弁当を作ると思う。

 百合華は自分の弁当箱を丁寧に洗った。洗った弁当箱は裏返して乾かしておく。

 洗い替えの曲げわっぱ弁当箱も持っているので、明日はそれを使う予定だ。


 1LDKの小さな空間に、今日はいつもと違う物が置いてあった。

 百合子が会社帰りに寄ったLOFTで買った、曲げわっぱの弁当箱だ。百合華が持っているものより2回り程大きなサイズだ。しかもちゃっかり洗い替えまで買ってしまったので、店員はご丁寧に紙袋に入れてくれた。


 その紙袋を未だ、開けることができない。


 そもそも弁当箱を買う時から、百合華は自分の葛藤を持て余していた。

 弁当箱を手に取り、これを買って、弁当を作って、拒絶されたら…と思うと持っていた弁当箱を元の場所に戻す。

 でももし、少しでも喜んでくれたら……そう思うとまた商品を手にとってしまうのだ。

 同じ場所で同じ商品を取っては返しを繰り返していたから、怪しい客に見えたに違いない。


 重たい女と思われたくない。気の配れる女と思って欲しい。


 でも、穂積怜が興味があったのは、弁当の中身じゃなくて、本当に曲げわっぱの弁当箱だったら…。だったら作らずに弁当箱だけをプレゼントすれば良い。でも何のために?


 弁当の中身に惹かれてくれていたのだったら……今まで百合華が関わってきた男性は歓喜の声をあげていた。穂積怜が歓喜の声…それはない。


 百合華の心の振り子は、ブンブン音を立てて揺らいでいた。


 夢子に助言を求めようか……いや、違う。これは自分で決着をつけなければならない。子どもじゃないんだから、人の意見で行動を決めるのはやめよう。百合華は思った。


 どうしよう…むしろ穂積怜本人に聞ければ一番なのに。

 仕事用の連絡先しか知らない。


 自分が穂積怜だったらどうだろう……自分を穂積怜に置き換えて考えるなんて無茶な事を考える…と百合華も呆れてしまった。


 時間だけが過ぎていく。いつもなら明日の弁当の中身をある程度シミュレーションしておく時間帯なのに。弁当の中身はだいたい、晩御飯の残りに、冷蔵庫に常備している手作り惣菜などを彩り良く入れる。季節感なども一応考えて作っているのだ。クオリティは低くないと自信を持っている。


 しかし人にあげるとなるとどうだろう。

 百合華の悩みは埒があかなかった。


 まずは男の胃袋を掴め!なんてよく聞く言葉だけど、百合華は胃袋を掴まなくても異性に不自由はしてこなかったのだ。始めての挑戦に、胸がざわつき、指が小刻みに震えている。


 初めての挑戦、上等じゃない。百合華は決めた。


 穂積怜のために弁当を作り、明日絶対に渡す。(誰も居ない場所で)


 決めたら決意は揺らがない、それが倉木百合華だ。

 考え過ぎて時間が随分経ってしまった。突然空腹感を覚えた。今日はオリオンに寄ってないから、お昼から何も食べていないのだ。

 時間はPM9時頃。少し遅いから軽めのご飯にしよう……


 と思って百合華はハッとした。明日の弁当のおかずになるものを作っておかなければ。流石に冷蔵庫のお惣菜だけで出来上がった弁当を穂積怜に渡すわけにはいかない。


 1分くらい考えて、穂積怜の食の好みすら知らない自分に気づいた。

 こってり派か、あっさり派か……なにかのタイミングで聞いておけば良かった…!


 バーテンダーとして働いていたから、酒に合うつまみ物を作った経験もあるだろう。とすれば、安直に考えるとこってり派か?いや、だからこそあっさり派だったりして?


 せめてラーメンは何味が好きかくらい聞いておけば良かった…後悔が止まない百合華だった。


 ふと、先日桑山とオリオンに行った時にちょび髭店長が出してくれた甘辛チキン揚げを思い出した。あれは結構こってりだ。でもとても美味しかった。恐らく男性好みの味だろう。

 それプラス、あっさりしたものも入れておけば良い。栄養バランスも考えて野菜もしっかり入れておこう。冷蔵庫にはミニトマトとレタスがいつもある。今日はブロッコリーもあるはずだ。


 百合華は早速、甘辛チキン揚げの味を思い出した。鳥手羽が丁度ストックにある。

 小麦粉に、酒・みりん・しょうゆ、それに…砂糖と片栗粉…辛味を出すには麺つゆを多目に入れてみよう…。タレを作って、肉に衣をつけて、油であげて、油を切って…タレを乗せたら、ちょび髭店長が作った甘辛チキン揚げに似たものができた。


 実際に食べてみると、味は若干違うけれど、ご飯のお供には最高だった。このメインのおかずで、負けるはずがない。百合華はちょび髭店長に心の中で感謝した。


 あとは、明日の朝、綺麗に並べて詰めるだけだ。

 だいたいのコンセプトはできている。初の心のこもった愛情弁当だ。

 …愛情?そこまで言っていいものか自分でも謎だったが、愛情が無ければここまで思い悩むことは無かったのではないか。


 愛情弁当。そう思おう。

 どうか、受け取ってくれますように。


 百合華は甘辛チキン揚げを前にして、手を強く組んで上手くいくよう祈った。

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