280. ピッツェリア
五谷からまた帰路につく頃にはすっかり夜が更けてしまっていた。
「すみません、私のせいでこんな時間になってしまって。」
「いや、丁度いい。」
「え?」
「何でもない。どっかで食う?何がいい?」
「えーと…綾瀬に入って数キロ走ったところに、石窯ピザ屋さんみたいなのをよく道路脇に見て通っていたんですよ。どうですか?」
「ピザ?いいよ」
「じゃあスマホで調べてみます、ありました。ピッツェリア・ブオニッシモ……予約もできるみたいです。電話かけてみますね。
———今から2、30分後くらいに着く予定なのですが、大人2名、予約できますか?はい、はい、ありがとうございます。失礼します。
「予約取れました。行きましょう。」
「食う事になったら段取りいいな。」
ピッツェリア・ブオニッシモでは石窯でできたてのカプリチョーザに、カルパッチョ、ヴィシソワーズなどを注文した。怜は運転をするのでアルコールは頼まず自家製ジンジャエールを頼み、百合華もそれに合わせてジュースを頼んだ。
「では旅の終わりに、乾杯。」
怜が言った。
「乾杯。」
ピザは予想より大きかった。百合華はピザを何枚か食べたらお腹いっぱいになったが、残りは怜が食べてくれた。
しかし今日は何かがおかしい。しっくり来ない。何か忘れているようなもやもや感がある。なんだろう……とずっと考えていたら目の前の怜を見て気が付いた。
怜が食事にがっついていないのだ。
澄ました顔で、普通のペースで食事を口に運んでいる。これも彼の自然な変化なのか、努力の賜物なのか、はたまた偶然なのか…。
がっつかない怜は怜らしくないが、周囲の客の視線を引くような気品さがあった。
食後、カプチーノを頼んだ。以前もこうしてイタリアンレストランでカプチーノを飲んだことがある。あの頃怜は今ほど心を開いてくれていなかった気がする。いずれにせよ怜と飲むカプチーノは美味しい。自然と顔が綻んでしまう。
「何にやにやしてんだよ。」
「いえ、そういうことじゃなくて…この旅を振り返ると本当に色々あったなあって…自分1人の調査とは全然違いました。」
「どの辺が?」
「1人で五谷へ行っていた時は、自分の主観と想像でしかなかった。でも今回の旅では、行く先で張本人である怜さんが実際に起こったこと、考えていたこと、感じたこと等を教えてくれた。私が思っていたのとは全然違ったこともありました。ところで、色々聞かせてもらった上で言うのも何ですけど、話すの辛くありませんでしたか?」
「俺もある程度の覚悟を持って来たからな。折角来たのに黙ったままじゃ、傷ついて終わり、な気がしたんだ。自分の方から積極的に過去と向き合う。それが話すことでもあったんだ。」
「話していただいて、ありがとうございました。」
「自分のためでもあったんだ。礼を言う必要はない。さ、出ようか。」
2人はボルボに乗ると、百合華が先に聞いた。
「ところでもう23時過ぎてますね。宿泊どうします?ネットカフェでも検索しましょうか?」
「いや、このまま走る。」
「え!いやいやいや、怜さん、まだ綾谷入ったばかりですからここから西脇まで混んでたら2時間位かかりますよ。休んでからの方が良く無いですか?」
「それ位大した距離じゃないし、俺は進みたいんだけど。お前は?」
「怜さんがいいと言うのなら…でももう23時ですよ?……全ては私がお土産買い忘れたせいですけど……眠くなりませんか?」
「俺は運転中に眠くなったことは無い。」
「でも連日の疲れが溜まっているんじゃ…」
「大丈夫だって言ってるんだけど、お前はどうしたいの。」
「怜さんにお任せします。」
「じゃ、進むぞ。」
「………あのー、ちなみに、怜さんに言っておくことが…」
「何だ。」
「……私多分、寝ちゃいます。」
「寝とけ。着いたら起こす。リクライニング倒せるから。」
「ありがとうございま………」
「ブランケットも…」
怜は一度車を停車し、後部座席に置いてあるネイビーのブランケットを百合華にそっとかけた。
「喋りながら寝たぞこいつ……」
怜は苦笑しながら方向指示器を出し、再出発した。




