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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第3章 同僚
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23. 曲げわっぱ

 長い足で数歩戻ってきた穂積怜は、百合華の目の前で止まった。そして唸った。


「穂積さん?どうしたの?」


 百合華が声をかけると、穂積怜は


「ふうーん…曲げわっぱ……」


 と、呟いた。


 曲げわっぱとはスギやヒノキの薄材を曲げて作られたナチュラルな木製の弁当箱のことだ。百合華はこの弁当箱を大事に使っている。


「曲げわっぱ、知ってるんだ。」


 百合華が言った。穂積怜は百合華の弁当の中身を見ている。


 すると穂積怜の横に並んだ神保正樹が


「知ってました?穂積さんって、昼飯食わないんすよ。」と笑いながら言った。


「え?何で?お腹空かないの?」


 きょとんとして百合華は尋ねた。


「空かない。俺の昼飯は煙草って決まってんだ。」


「だからそんなに痩せてるのね…羨ましい。」


 美由紀がボソボソ独り言を言うように発言した。


「朝と、晩は、自分で作って食べてるらしいんすよ。」


 正樹が言った。


「へえー、じゃあ、残り物でも持って来れば良いのに。」


 という百合華に、


「昼はいらないんだよ。」


 と、穂積怜は言い捨てた。


「面倒臭いなら、そこのコンビニの弁当美味しいよ?やっぱ食べた方が健康的だよ〜。」


 夢子が弁当をほうばりながら言う。


「んなもん食ってられないから。」


 穂積怜は女子メンバーと正樹を残してその場を去った。戸惑いながら正樹も穂積怜を追う。

 そのコンビニ弁当を美味しそうに食べていた美由紀と夢子とまりりんは虚をつかれた思いがした。穂積怜の言う【んなもん】を美味しく食べていたからだ。


「ああ言うところが鼻につく!」まりりんは悔しそうに弁当の残りをほうばった。


 百合華は考えていた。

 素通りしようとしていた穂積怜が、わざわざ戻ってきて百合華の曲げわっぱに反応した…。


 どんな心理が彼をそう行動させたのだろう?

 曲げわっぱに何か特別な思い入れがあるの?


 百合華にはそう見えなかった。穂積怜が関心を持ったのは、曲げわっぱでもあるが、その中身だったのではないだろうか。

 手作り弁当とコンビニ弁当を【んなもん】と卑下(ひげ)した穂積怜。

 コンビニ弁当が嫌いなのかなあ…。


 ふと思った。百合華がもし、もう一回り大きな男性用の曲げわっぱ弁当箱を買って、弁当を作って持ってきたら、穂積怜の昼食抜きの日常は変わるだろうか…?


「うん、うまい。」と言いながら、百合華が作った弁当を食べる穂積怜を想像してみた。


 まさかね。穂積怜がそんなに素直に人が作った弁当を受け取って「うまい。」なんて言うはずがない…。


 そう思いつつ、百合華は今日の帰りはオリオンには寄らず、以前曲げわっぱを買った生活雑貨店に大きな弁当箱があるかどうか見に行こうかな…などと考えていた。


 百合華は今、穂積怜に対する思いの種類が良くわからない。

 以前のバーテンダー時代は、目の保養だった。

 それから少し、恋の予感もした。

 彼が出版社に勤務するようになったら、予想外にも衝突が起こった。

 性格が合わないと思った。



 目の保養のままの方が良かったのかもしれない…。


 関係性が近くなればなる程、相手のことがより深く見えてくる。


 ……とは言うものの、いまだに穂積怜は百合華にとってミステリアスな存在であることに変わりはない。

 以前より少し、穂積怜データベースの情報が増えただけだ。


 失礼。頑固。意固地。愛想無し。ユーモア無し。喫煙家。

 美しい。器用。計算が早い。英語での電話対応もOK。そして昼ごはんは無し…と。もしかしたら子どもが苦手なのかな?という点も入れてある情報だ。



 でもそれだけの情報で、穂積怜の何がわかるというのだろう。

 彼のことをもっと知りたい。知り尽くしたい。

 これはやはり、彼のことを特別に思っている証なのだろうか?そう思うと百合華の頭は混乱する。


 弁当を作るのは、やり過ぎだろうか…?

 昼休み終了後の仕事中も百合華はずっとそのことを悩んでいた。


 万が一拒絶された場合、百合華の高いプライドは玉砕すること間違いない。


 玉砕を見られないように人がいないところでそっとあげる…だなんて、中学生のようだ、と想像すると百合華はにやけてしまいそうになった。


 そんな百合華を見て、「また妄想ですか〜?」にやにやと声をかけてきたのは夢子だった。


「夢子ごめん、私今日オリオン、パス!用事できちゃった。」


「あら残念。じゃまた明日ね。」


 明日のオリオンの時間が、むせび泣く百合子の無残で無様な姿を労わる暗い時間にならないことを百合華は心の底から願った。

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