279. 大福
暫くドライブをしていたら百合華が急に口を開いた。
「あっ!!夢子たち…会社の人へのお土産、忘れちゃった!」
百合華は会社に負担をかけているというのに土産物を忘れた自分にかなり落ち込んでしまった。
「じゃあ、ドライブがてら五谷に戻る?すぐそこだし。」
「いいんですか?時間的に大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ。よし、悩んでる位なら戻ろう。
2人を乗せた車はUターンをして、再び五谷に入った。
「できれば、五谷新町商店街の大福がいいんだけど…時間的に開いてるかな…。」
「閉まってたら他当たれば。」
五谷に入ってからは少し距離があるが、商店街へ向かった。
スナックのぶ絵の前を通って、商店街奥の和菓子屋へと突き進む。誰もいないが以前来た時も誰もいなかった気がする。
「御用の方はこのボタンを押してください」
そうだ、これだ。
押すと老人がのそのそと出てきた。
ガラスケースを見ると、だいふくはまだある。
「すみません、だいふく残ってるの全部と、あとお勧めの和菓子詰めてもらえますか?」
「えー?」
「だーいーふーくーぜんぶ!あと、おーすーすーめ、詰め合わせ!おねがいします!」
「ああ、大福ね、これね、全部ね、あとお勧め、赤福に、おかきに、あんころ餅でよろしいか。もっといるか。」
「あと、カステラもお願いします。カースーテーラ!」
「はい、はい、カステーラね。」
お勘定を済ませて、老人に大きな声で溌剌とお礼を行った。
「スナックのぶ絵がそこにあるのに、明美さんに挨拶できないのは寂しいから、挨拶だけしてもいいですか?あと、できれば洋菓子も欲しいなあ…。」
「そんなに皆食うか?まあいいや。明美さんとこ寄りなよ。」
百合華はスナック明美のドアをそっと開いた。明美と目が合うと、明美は驚いた様子だった。夜の明美は着物姿で、清楚で美しかった。
「百合華ちゃん!入って入って。穂積君も!」
客席は満席だった。カラオケで歌っている上機嫌な客もいる。
「ごめんね〜、今日は満席で、せっかくだからお夕飯でもって思ったんだけど。」
「いえ、私達、今から西脇に帰るところなんです。お土産買いにそこの和菓子屋寄ったので、最後に明美さんの顔を見たくて。」
「あら、嬉しい事言ってくれるわね。ありがとう百合華ちゃん。また絶対、来るのよ?」
「はい、勿論また来ます。あ、あと、どこかこの辺で洋菓子店知りませんか?」
「洋菓子?洋菓子がいいのね?」
「はい。」
「じゃあ、ここに山ほどあるわ。差し入れで色々貰うのよ。本当、嬉しいんだけど、1人じゃ食べきれなくて…」
明美は一度、店の奥に入ると、再び大きな紙袋を持って出てきた。
「一応ご当地もののクッキーとか、チョコレートとか…。これ、良かったら持って行って。」
「助かります、ありがとうございます。」
怜が言った。怜も明美の美しさに圧倒されているのだろう。しかし百合華は嫉妬はしなかった。明美が美しいのは事実だったからだ。
「いつも感謝しています。明美さん、ありがとうございます。お忙しい中、すみません。それでは、また会う日を楽しみにしています。お体に気をつけて…」
「百合華ちゃんも、穂積君も、元気でね。最後に寄ってもらって嬉しかったわ。ありがとう。」
最後まで気品にあふれた明美と、しばしのお別れをした。




