273. 太陽
「しばらく食べられないかも知れないから、悔いの残らないくらい食べて帰ろうって話してて。」
ハンバーグ専門店・太陽のカウンター席で、百合華は竹内文彦に言った。
「ってことは、旅は順調に終わりに近づいてるってことかい?」
「はい、思ったよりスムーズに。」
「そりゃ良かった。でも何だか寂しくなるなあ〜。いつ頃までいるの。」
「明日怜さんの特別な用事が終わったら、五谷を出て、綾谷に行く予定です。あっ、植杉さんに電話しとかなきゃ。」
「そっか、怜君にとって有意義な旅だったかい?」
「正直、苦しかった。でも来てよかったと今は思ってる。」
「ならよかった。今日はオーダーメードで作るよ。この間の怜君の食べっぷりは見事だったからな。こっちも負けない位のハンバーグ作らなきゃ気が済まねえ。」
怜が文彦と共に笑った。
「じゃあ、ステーキ風ダブルハンバーグってのは?」
怜がメニューを開かずに勝手に注文をしている。
「おいおい、怜君。それを言うなら、ステーキ風『おいしい』ダブルハンバーグだろ?オッケー、やってみようじゃないか。和風?洋風?」
「どっちでも。」
「じゃ、洋風にしとくか。百合華ちゃんは?」
「……じゃあ、同じので、ダブルじゃなくてシングルでお願いします。」
「任せてみな!」
出来上がった怜のハンバーグはもはやハンバーグには見えなかった。しかも二つに重なったハンバーグのてっぺんには何故か旗が立っている。
「君らの努力には涙が出そうな程感動した。こいつはほんの気持ちだ。さあ食ってみてくれ。」
怜はにこっと笑うと、旗をそっと取り、物凄い勢いで食べ始めた。
百合華の前にも旗の立ったシングルのステーキハンバーグが置いてある。
「いただきます。こちらこそ今までのお心遣いに感謝しっ放しです。ありがとうございます。」
そう言って食べ始めた。
普通のハンバーグより固めで、ステーキに寄せている。しかし切ると肉汁がじゅわっと出てくるあたりはハンバーグで、双方のミックスと言っても過言ではない。ソースもその場で作ったようだが、肉によく馴染んでいる。
「さすが文彦さん!お世辞抜きで凄い!美味しいです!」
「俺が想像してたよりずっと美味かったよ、文彦さん、ありがと。」
「お礼に何か、お手伝いしない?」
百合華が怜の顔を見て言った。
怜と百合華の姿を微笑ましげに見つめていた涼香が、
「いいのよ!お客さまなんだから。」
と言ったが、百合華は
「皿洗いとかテーブル磨きとかだけでも、させて下さい。」
と答えた。怜も頷いた。
「じゃあ………お言葉に甘えちゃおうかな。奥の厨房の掃除、2人にお願いしてもいい?棚とか拭いてくれるだけで助かるの。」
奥の厨房では、ハンバーグ以外のものを作る場所らしく、大きな業務用のコンロや電子ジャーが置いてある。銀色の巨大な業務用冷蔵庫や、大量のたらいやボウルを片付ける為の棚などが所狭しと並んでいる。
床はコンクリートで、掃除用の水栓も排水溝も付いている。百合華は床の掃除を、怜は業務用設備の掃除を分担することにした。
怜は小さくこびりついた汚れまでピカピカに磨いた。百合華は汗を流しながら床を掃除した。
「わあ、ピッカピカ。ありがとう、2人とも!」
涼香が手を叩いて喜んだ。文彦も嬉しそうだ。
「先に、さっきのハンバーグのお勘定させてください。」
「え、いいわよ別に。サービスよ。」
「いえ、十分サービスしてもらったから、払いたいんです。怜さんは?」
「今日はダブルハンバーグだから、倍の値段でお願いします。」
「あなた達、結構律儀ね。掃除してくれただけでもありがたいのに。でも、そう言ってくれるのなら、受け取るわね。ありがとうございます。」
涼香は2人分の勘定をして、2人はそれを払った。
「最後の夜になる予定でしょ?ここからはお金関係なし!飲んでから帰らない?」
涼香が元気な声で言った。
「いいね。」
怜が言った。
反対する者など勿論居ない。
4人はハンバーガー専門店・太陽のメニューには載っていない、特別なワインを開けて飲んだ。「乾杯!」
文彦は酔っ払って、シャッターを降ろした店内で踊って皆を笑わせた。最後に4人で並んで写真を撮った。




