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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第15章 二人旅
220/232

270. コーポ室井

 翌朝。

 竹内夫妻に聞くと、怜が万引き未遂事件を起こしたスーパーは何年も前に新しいスーパーに変わっていると聞いた。

 コーポ室井もとっくに新しいアパートになっているという話しは吉田不動産で以前聞いた。


 目的地の2つは現存していない。スナック弥生も同様に跡形なく消え去ってしまっていたが。時の流れは人を、町を、変える。百合華は調査を始めてから何十回と思ったことだった。


 現存していなくても、怜が希望した町をドライブするがてら、跡地を巡ってみるのもありかも知れない。怜に提案すると「それでいい。」と返ってきた。昨晩のことで寝不足なのだろうか、朝から少し元気が無い。元気がある日というのも基本的には無いのだが。


 その日の朝ごはんはゆで卵と、文彦手作りの食パンとに涼香手作りのイチゴジャムを乗っけたものだった。


「すごい…パンもジャムも自家製なんですね、なんでも作っちゃうんですね。」


「そうそう。でもハンバーグが一番美味い…筈!」


「あ、百合華ちゃん、怜君、今日もパン余ってたからサンドウィッチ作ったの。良かったら持って行って。兵糧は大事よ。」


「ご飯のことまでお気遣いいただくつもりは無かったんです、お昼ご飯は買うつもりで…。本当に、いいんでしょうか。申し訳なくて…」


「ありがたく貰ってくれる方が嬉しいわ。さ、行ってらっしゃい。」


 紺のストライプのエプロンをつけた涼香がとても眩しく見えた。


「涼香さん、本当に、本当にありがとうございます。このご恩は必ず…」


「ハンバーグ専門店・太陽を雑誌に載せてよ、ね。怜君。」


「自信持って紹介できます。」


「よかった。じゃあ、気をつけてね。」


 ハンバーガー専門店・太陽の駐車場まで歩き、ボルボ240に2人とも乗り込んだ。


「じゃあ、今日は、一応コーポ室井とスーパー跡と通るルートで、車流す感じでいいか?」


「はい。怜さんさえそれで良ければ…。」


「どういう意味?」


「あまり負担になり過ぎるのも体にも心にも良く無いと思うので、気分転換に本当にドライブだけでも…」


「バカか。五谷で気分転換なんかできるか。」


 それもそうだった。


「昨日の悪夢のことか?」


「はい……」


「悪夢は頻繁に見るんだ。」


「そうなんですか。凄くうなされてました。」


「悪夢が無くなる薬があれば、欲しいね。」


 それ以上悪夢の話はしなかった。


 怜は自身で言ったように、車を左折させたり、右折させたりして、町を走っている。


「こんな商業施設が出来てるのか。さすがは現代だな。」


「全国展開しているチェーン店ですから、五谷だけ無視はしませんよ。」


「飯屋も沢山あるなあ。昔からある店もあるんだろうか。」


「それにしても涼香さんの計らいには感謝感謝ですね。本当に【太陽】の特集の案、あげないと。」


「本当だな。」


「さてもうすぐ着くぞ、コーポ室井だ。」


 車は、新しく…と言っても新築ではないが、アパートが建っているコーポ室井跡に到着した。


「ここか…随分変わってる。でも空気が……同じだ。」


「空気でわかるんですか?」


「ああ。何十年前の空気と同じだ。」


 雨漏りで眠れなかったこと…冷蔵庫は電源すら入っていなかったこと…小さな妹の命を守るのに必死になっていたこと…たまに気まぐれに帰ってくる母・弥生の存在が何より恐ろしかったこと……


 走馬灯のように怜の頭の中を巡った。


 相沢茜から借りた金で、雨漏り対策もしたな……。


 目の前に建っているのはまるで違う建物なのに、怜の目にはコーポ室井が見えていた。百合華が不意に怜の顔を見ると、怜は建物を少し見上げるような角度で、目尻から涙を流していた。


(ごめんよ…もも…ごめんよ…)


 本来はももの1歳の誕生日を質素ながらも行う予定だった。ところがその日に怜のミスで保護されてしまった。

 ももの笑顔と、蓮のはしゃぐ声が見える。聞こえる。

 怜の涙は止まらなかった。


 怜は「もういいよ」と言って、ボルボに戻った。百合華は急いで助手席に乗った。怜は腕で涙を全て拭いて、「さて。」と言った。


「行きますか、俺の犯行未遂現場に。」

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