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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第15章 二人旅
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242. 相沢茜宅・2

「穂積君…そんな…やめて。私に謝る必要なんて無い。それ以上に大事な事があるから。あなたが生きて、こうして目の前にいること…。」


 それでもなお、怜は頭を下げるのをやめなかった。


「あの頃、相沢……相沢さんから金を借りたり、スーパーに連れ出して万引きの犯罪に巻き込んだり、相沢さんの善意を裏切ったままで。ずっと申し訳ないと思ってた…。」


「まあまあ、そんな格好じゃしゃべれないわ。ソファに座って、お茶でも飲みながらお話しましょう。穂積君、座って。ね?」


 怜は顔を上げ、一礼してソファに座った。


 みどりは4人分の紅茶を分け、それぞれの前に置いた。


「穂積君、あれから…どうだった?施設では良くしてもらっていたの?」


 茜が身を乗り出して怜を見つめる。


「施設では色々あったけど、でも最終的には我が家になってた。だから、施設に入れて良かったと思ってるよ。」


「そう……会いに行こうと何度も思ったんだけど、行けなかった。ごめんね。」


「いや、いいんだ。俺こそ手紙の一通でも出せたのに、それさえできず、悪いと思ってる。」


 しばしの沈黙が流れる。時計の針の音だけが静かな空間に響き渡る。

 百合華は「いただきます」と声をかけ、目の前の紅茶に口をつけた。それに続いて怜も紅茶を飲む。ゴクリという音が隣で聞こえた。


「実は……」


 茜が口を開いた。


「国際バイオテロ事件の時……新聞の小さな記事で穂積一家の心中の記事を見つけたの。ほんの数行で。1人だけ重体って。だけど私にとっては凄いショックで。」


「新聞に載ってたんだ…知らなかった。」


「それで続報を待てど暮らせど報道されなくて、ごめんなさい…私はてっきり穂積君も…。」


「そっか…。」


「だから、想像できるよね?この驚き…!」


 茜はわざとふざけたように言った。


「幽霊かと思った?」


 怜も空気を変えようとしているらしい。


「施設を出た後はどう暮らしていたの?」


「暫く病院にいて…それから俺を引き取ってくれる夫婦がいて、そこで。」


「そっか…それで今は出版社勤務。最近で一番嬉しいニュース。」


「子どもいるの?」


「うん、上が小学校3年、下が保育園。信じられないでしょ、私がお母さんって。」


「似合ってると思う。」


「それにしても垢抜けたね…モデルでもやったら?そういえば倉木さんどこかで見たことあると思ったら、モデルのミキちゃんに似てるって言われない?」


「……言われます。最近あまり言われなくなったけど。」


「似てるよ!2人とも美男美女でお似合い。」


「あ、違うんです…そういう関係じゃ…」


「でも苦楽を共にしている同志に見える。一線を越えれば恋人よ。」


 恥ずかしいことを遠慮なく言ってくる茜の笑顔はやはり魅力的だった。


「昨日、五谷図書館に寄って来たんだ。」


「ああ、懐かしいね。穂積君育児書一生懸命読んでたよね。」


「そう。見られて恥ずかしかったけど。」


「私は、私にできることは無いのかな…っていつも悶々としてた。」


「他のやつらにからかわれても、相沢……さんだけは優しくしてくれたな。」


「そう?私そんなに優しかった?」


 茜がまたおどける。


「そうだよ。それなのに、スーパーでのことは…。」


「スーパーの話はもうおしまい。解決したこと。もう気にしなくていいよ。」


 それから皆で雑談をして時間を過ごした。


 話が盛り上がっているうちに、窓の外は日が暮れてきていた。


「では、そろそろおいとまを…」


 と百合華が言うと、


「ちょっと待って。昨日作ったビーフシチューがあるの。1日経ってるから更に美味しい筈。良かったら食べて行って。」


 とみどりが言った。

 百合華と怜は戸惑いながらも、折角の心遣いなのでありがたく受けることにした。百合華は念の為、竹内涼香に夕飯は怜の友人宅で食べることになった件を伝えた。


 ダイニングルームに移動すると、豪華なビーフシチューとフランスパン、そして赤ワインが用意された。運転をする怜には葡萄ジュースだ。


「これからもしばらく五谷にいるの?」


 茜が聞いた。


「今回は俺の過去に折り合いをつけるために来たんだ。あと何箇所か、『思い出の地』を尋ねる予定だよ。」


「そう、じゃあその目標が成就することを祈って乾杯しましょうか。」


「いいですね。」


 百合華も賛成した。4人はそれぞれ目配せをして、そしてそっとグラスを合わせた。

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