241. 相沢茜宅
「暗くて辛い旅になるかと思ったけど、思った以上にお前がバカだったから楽しめる部分もあるよ。」
定食屋に入り、日替わり定食にがっつきながら怜は言った。
「バカ、バカって失礼ですね。」
百合華はアジのフライセットを食べている。
「お前、無理してないか?」
「何がですか。」
「俺が落ち込まないように…その…」
「バカやってるって?ちがいますよ。」
「そうか。本物のバカなら、安心した。」
2人は定食屋を出てボルボ240に乗り込んだ。
「この車に乗れるようになるまでの苦労も、織田社長から聞きました。」
「その話も聞いたのか。」
「はい。」
「俺はこの車、凄く気に入ってる。」
「私も好きですよ、このボルボ。」
「本当にわかってんのかよ。」
「怜さんの思い入れと、良いアジが溢れ出しています。」
「わかってんだか、どうだか。そろそろ相沢宅に向かってもいい時間じゃないか?」
「そうですね、行きましょうか。」
「場所は知ってるから、お前のへたくそなナビはいらない。」
「………。」
怜は言った通り場所を覚えていたらしく、すぐに目的地に到着した。真っ白な外観。白い鉄製の門扉の上にはモッコウバラのアーチができている。
百合華は相沢宅のチャイムを鳴らした。「はーい」という上品な声が聞こえる。
「先日、穂積怜さんの件でお話を伺いに来ました倉木百合華です。」
「ああ!倉木さんね。ちょっと待ってね、今開けるから。」
白いドアがゆっくりと開く。中から相沢みどりが顔を出した。
「先日はお世話になりました。これ、つまらないものですが…。」
西脇まんじゅうを渡すとみどりは「わざわざありがとう。」と笑顔を見せた。そして百合華より少し後ろに立っていた怜に気づいた瞬間、みどりの顔が硬直した。
「あなた、穂積君?穂積怜君なの?」
「………はい。」
「と、とにかく、どうぞ、お二人共、中へ入ってちょうだい。今日はちょうど茜も来ているの。」
———相沢茜が家に居る。
西京の商社で勤務しているという茜が月曜の昼間に実家に居る。有給でも取っているのだろうか。
2人が部屋に入り、出されたスリッパを履いていると、みどりが「茜!茜!!」と声を張り上げた。
「何〜?」と奥から女性の声が聞こえる。
「大変よ、お客様がいらっしゃったの。以前お話した倉木さんと…もう1人…。」
茜と呼ばれた女性は、一言で言うならば魅力的な女性だった。
百合華を一瞥し、その後怜を見た途端、茜もまた目を大きくして息を飲んだ。
「嘘……嘘でしょう………?穂積……君?」
「ご無沙汰……してます。」
「信じられない!予想もしなかった。え!嘘でしょう!!」
「まあ、立って話すのもアレだから、皆さん座って頂戴。お茶を淹れるわね。」
茜とみどりは極端なくらいに動揺している。
みどりは3人にソファを促し、自身はキッチンへと向かった。
怜と茜、2人とも緊張しているのが百合華にはわかる。
どちらが先に口を開くだろうと思って見ていたら、それは茜だった。
「良かった。今日はたまたま会社休みで実家に顔見せに来てたの。結婚して子どもも居るから滅多に1人で来ることは無くて……本当、偶然。」
怜は黙ったままだ。
「随分、背が伸びたんだね……洗練されて雰囲気変わったけど、やっぱり面影はあるね。」
怜はうつむいたままだ。
沈黙が始まる。
百合華が沈黙を破った。
「先日は、お母様に色々情報をいただきまして、本当に助かりました。」
「ええ、母から電話で聞いています。」
「あ、茜さん、申し遅れました。私、倉木百合華と言います。穂積さんとは会社の同僚です。」
「相沢茜です。西脇からいらしたのですか?」
西脇まんじゅうの袋を見て茜が言った。
「はい。西脇に行かれたことは?」
「もちろんありますよ。最近は随分盛り上がってきていますよね。出版社の方と母から聞いていますが、どのようなものを出版されているのですか?」
「主に地元、ローカルの穴場スポットなどの紹介などをしています。」
何気ない会話の中、怜は言葉が出ず本人を含め皆が当惑していた。すると突然、怜が立ち上がり、フローリングの床に正座をして茜の目を見た。
「その節は……あんな事に巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした。そして今日までなんのお詫びも、お礼もできず、本当に申し訳ありません。」
————穂積怜が、土下座をした。




