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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第15章 二人旅
210/232

240. 公園

「まだ昼飯まで時間あるな。昼飯どうする?」


「私は何でもいいですよ。経費は出ないので、安い方がいいですけど。」


「そうだな。まあ、後で考えようか。」


「はい。」


「そういえば俺、子どもの頃公園で遊んだこと無いや。」


「小学生の頃ですか?」


「そう。遊んでみたかったな。」


「怜さんの印象に残ってる記憶ってどんなのですか?あ、辛い話だったらしないでくださいね。話せる範囲で。」


「今更そんな気を使うなって。そうだな…俺が住んでたコーポ室井は本当にボロいアパートで、風が吹いたら倒壊しそうなとこだった。雨風しのげない家って、ありえないだろ。」


「雨風しのげなかったんですか?」


「雨が降ったら雨漏り、風が吹いたら隙間風で、冬は死ぬほど寒かった。エアコンなんかなかったから夏も蒸し風呂。」


「過酷ですね…」


「印象的だったのは…俺の家はゴミを捨てる習慣が無かったから色んなゴミが置いてあったんだ。部屋のあちこちで雨漏りがあったから、色んな音色が部屋中に響いていた。ビニール袋に落ちる音、プラスチックに落ちる音、カップ麺の空箱に落ちる音。どれも音色が違うんだ。蓮とももが眠っている間、俺はその雨粒をじーっと見ていた。小さいなりに色々哲学していたものだ。なんでうちはこんななんだろう…ってね。」


「……。」


「夜寝る時、特に冬は最悪だよ。眠ったと思ったら天井から冷たい雨粒がボトボト落ちてくる。眠れたもんじゃ無かった。弟や妹はぐずるし、朝まで眠れなかったこともしょっちゅうあった。」


「そういうことを、お母さんに相談はできなかった…」


「できない、できない。した途端にビンタで終わりだよ。贅沢言ってんじゃないよってね。」


「お母さんはどれ位の頻度で帰って来たんですか?」


「年に何度かだよ。突然来ては金と大量のコンビニ弁当とかお菓子とか置いていくんだ。金は、もものミルク代でほとんど無くなった。ガスと電気が使えなくなってからはそっちを優先してどうにかしてほしいって頼んだんだけど、対応してもらえなかった。もう死ぬと思った。」


「この間、外には出れなかったと言ってらっしゃったと思うのですが、その、ももちゃんのミルクを買いにいく間とか登下校中に誰かに助けはやっぱり求められなかったのですか?」


「理由が無い外出を禁じられていたんだ。例えば公園で遊ぶとか、友達と遊ぶとか。いつも見張ってるからなって脅されてて信じてたけど、今考えるとバカだよな。見張られてると信じてたから、助けは求められなかった。」


「怜さん、公園で遊びませんか?」


「は?」


「そのアスレチック、楽しそうじゃありませんか?」


「おいお前、大丈夫か?」


「本気ですよ。」


「小学校では走らされ、今度はアスレチック遊びか?」


「小さい頃できなかったことを、大きくなってからでも実践することで、小さな自分を慈しむことができるんじゃないかなって思ったんです。幼い自分を慰めるというか、ご褒美を与えるというか。」


「……いや、この図体のおっさんがアスレチックで遊んでたら通報されるだろ」


「今なら誰も見てませんよ。ほら。」


 百合華はベンチを立ち、木製のアスレチックに登り始めた。ズボンにコンバースだったので身軽だ。


「てっぺんまで登ると中々怖いですね。思ったより高さがあります。」


「お前、バカに見えるよ。」


「そういう客観視は今必要無いんです。」


 百合華は登り棒につかまって、消防士のように下までゆっくり降りていった。


「楽しいですよ!」


 百合華はもう一度アスレチックに登り、今度は滑り台を滑った。


「この滑り台は物足りないですね。怜さん、是非1度でいいからやってみて。」


 怜は無言でベンチを立ち、面倒臭そうにアスレチックに登った。てっぺんまで登ると、


「へえ、本当だ。案外高いな。」


「怜さんの場合、背があるから私より高く感じるかも知れませんね。」


 怜は登り棒で下まで降りた。降りるまで1秒もかからなかった。


「今ならちびっこも帰宅している様子です。ブランコもどうですか?」


 百合華はブランコへ駆け寄った。

 ブランコに乗ると、足を屈伸させてゆらゆらと優しく揺らがせた。

 怜も歩いてブランコに近づいてきて、百合華の隣にあるブランコに乗った。


「懐かしいな。」


「ブランコは乗ったことあるんですか?」


「施設に入所してから。公園に行ったりもしたし。」


「でも小学生の一番遊びたい盛りにブランコしてないんですよね?」


「そうだな。」


 怜は思い切り地面を蹴り、長い足を前へ後ろへ折り曲げてどんどん高く漕いで行った。これ以上高く漕げないというところまで、怜の体は浮いていた。

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