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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第3章 同僚
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21. 宏美

 梅雨の季節が近づいている。屋上庭園を使えるのは今が1番良いタイミングかも知れない。空は気持ちの良い晴天、時折優しく暖かい風が頬をかすめる。


 屋上庭園は本物の芝生が這っていて、そこここに設置してある大小のテラコッタの植木鉢には多種の草花が植えられていた。

 屋上には転落防止用のアクリル板がぐるりと囲んでいたが、その手前にも植栽用のスペースを設け、本物の土に多種の草花が植えてあった。


 そこは雑多な編集室とは違い、皆の心の拠り所。オアシスのようであった。


 しかし社長夫人、優子は本当に凄い。

 リハビリとは言え、こんなにリラックスできる場所をコツコツと作り上げてきたのだから。色々勉強して作っていると前に聞いた事がある。優子の努力の結晶と、並々ならぬセンスに驚きを隠しきれない社員が続出していた。結構費用もかかったのだろう…と百合華は詮索した。


 もっと小さいと思っていた屋上は案外広く、社員が多く集まってもスペースが余る程だった。


 編集部女子会の5人は、屋上の隅にある空いたベンチに座る事にした。テーブルを挟んで、2台のベンチがある。


 いつも通り弁当を開けて、何気ない会話を楽しんでいた。

 すると突然、飲酒の能力では誰も叶わない宏美が、「ご報告があります」と改めて言った。皆ドキリとした。


「実は、赤ちゃんができました。入籍もします。仕事はできる限り続ける予定です。職場の皆にも報告する予定だけど、先にこのメンバーに伝えたくて。」


 メンバーの皆は驚愕の顔を浮かべ、はっと我に返り、次々に


「おめでとうーーー!!!」


 のコールが起こった。


「でも知ってた〜(笑)」とまりりんが言った。


「だって、最近オリオンに飲みに行った時、あの飲兵衛の宏美が烏龍茶飲んでたんだもん。ウーロンハイじゃなくて烏龍茶だよ?胃が荒れてるとかなんとか言ってたけど。すぐわかっちゃった。(笑)」


「バレてたか〜」と宏美は頭を掻いた。


 メンバーの顔が自然と(ほころ)ぶ。


「でもさあ、宏美が居なくなっちゃうなんてすでに寂しい。」


「本当。オリオンの売り上げも落ちちゃうし。」


 笑いながらも、メンバーの人生の変化に狼狽する百合華だった。


 百合華もできれば子どもが欲しい。かわいくて、賢い子どもが。

 でも……今は相手がいない。交際相手に不自由したことは無かったのに…。


 ちょっとした嫉妬も混ざりながらも、宏美のめでたい報告を祝おう、と百合華は思った。


「赤ちゃん生んで、仕事戻ってくるの?」


 いつも大人しい美由紀が尋ねた。


「その時の状況によるけど、できれば戻りたいと思ってる。」


 それを聞いてメンバーはキャーと歓声をあげた。



 宏美の朗報は、翌日の朝礼で「皆さんにご報告」という形で発表された。全く気づかなかったが、赤ちゃんはもうすでに5ヶ月になっているらしい。


 編集部の皆が「おめでとう!」と次々声を上げながら拍手喝采している中、なぜか穂積怜だけはつったったまま下を向いて、拍手すらしていなかった。


 珍しい事ではないので、穂積怜のことは放っておいた。


 宏美は妊娠8ヶ月に入り、職場を離れることになった。大きな花束と、同僚からの励ましの色紙を渡され、宏美は感極まっていた。


 女子会メンバーが1人減ってしまった。

 それも飲兵衛の底抜けに明るい宏美が。


 百合華は拍手をしながらも、切ない思いでいっぱいになっていた。

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