239. 計画
翌朝はあっという間に来た。
同じ部屋に怜が居るということに対して緊張したのは一瞬だった。布団に入った瞬間、その感覚は消えた。
百合華が起きてもまだ怜は眠っていた。
長く、カールした睫毛がそっと開いていく。
怜は慌てて起きた。開口一番「どこだここ!」左右を見渡して合点がいったらしい。そこに百合華が寝ぼけ眼で居たからだ。
「俺顔洗ってくるから、着替えとけ」
怜は部屋を出て、竹内夫妻に挨拶をしている。百合華は急いで旅行鞄から新しい服を出し着替えた。
「おはようございます。」
「おはよう百合華ちゃん、よく眠れた?」
「はい、一瞬で寝ちゃいました!」
まるで何もなかったことをアピールするような自分に恥ずかしさを覚えた。怜も着替えを終え、皆で朝ごはんを食べた。
「今日も色々回るんだろ?気をつけろよ?」
文彦が2人を気遣った。
「ありがとうございます。」
暫く竹内夫妻と他愛も無い雑談した後、百合華と怜は10時頃竹内宅を後にした。
「今日はどんな予定があるんだ?」
「怜さん、私思ったんですけど…」
「何だ。」
「社長は1週間以内って、時間をくださったけど、さすがに7日間留守にするのは編集室の皆さんに負担がかかるんじゃないかと思って。それも2人一緒にですし。ちょっと心配なので、夢子に電話してもいいですか?」
「ああそうだな、いいよ。」
「———もしもし夢子、仕事中ごめんね。うん、こっちは大丈夫。仕事どう?大丈夫って、遠慮しないで本当のこと言って、誰かフォローに入ってくれてるの?そうなの…ごめんね、本当に。なるべく早く帰れるようにするから、必ずお礼はするから。うん、こっちの名物のお菓子、沢山買っとく。本当にありがとう。じゃあ、宜しくお願いします。うん、じゃあね。ありがとう。」
「やっぱり無理してるみたいです、編集部内で仕事振り分けていて、フォローが新たに入っている訳じゃないみたいです。」
「そっか…じゃあ、ペースアップした方が良さそうだな。」
「でも折角ですから、怜さんが後悔しないような旅にしましょう。計画的にすれば時間短縮もできるはずです。」
「計画は最初に立てておく初歩的なことだろ」
怜はこぶしで軽く百合華の頭頂部を叩く真似をした。
「怜さん、今から相沢茜さんのお宅へ向かいませんか?今日は月曜ですし茜さんが居る可能性は低いですが、お母様には以前お世話になったのでお礼が言いたいんです。」
「わかった。でも今から行くのは時間的に中途半端過ぎないか?」
「確かに…少し話してたら昼食どきですもんね。」
「昼食は俺らで済ませてから、午後に行くのはどうだ。」
「そうですね。それまで計画を練りましょうか。」
「ああ、そうだな。どこか公園か喫茶店があれば…」
百合華は背伸びして360度見渡した。
「公園、あの店の裏にある。」
結局怜の方が早く見つけた。
2人はその公園へむかった。着いた公園は比較的新しくできたようで、遊具がまだ光っている。木でできた二階建てのアスレチックには、登り棒で昇降ができて、滑り台もついている。遊んでみたら楽しそうだ、と百合華は思った。平日の午前中とあって、学生は見当たらないが、未就学児が親と共に遊んでいる姿がまばらに見られる。
2人はベンチに座り、百合華はロルバーンのメモ帳を出した。
「それ、取材ノート?」
「そうです、極秘です。」
そう言って、百合華は一番後ろのページを開いた。
「まず、相沢さん宅を訪れて…それから、私が個人的に怜さんと一緒に行きたいと思っているのは……スナック弥生跡地、コーポ室井跡地、スーパー跡地、それから石黒恵子さん宅です。」
「……随分刺激的な場所ばかりだな。まあいい。石黒恵子のところも行くのか。」
「はい、西脇まんじゅうを是非食べてもらいたくて。」
成長した怜を見てもらいたかったのが本音だ。
「俺は、この町を見てみたい。小さい頃は町のことをほとんど知らなかったから比較はできないけど、今の五谷をドライブしてみたいな。それから行きたい所は2箇所ほどあるけど、それは後で言う。」
「なんで後なんですか。」
「まあいいから、『2箇所』とでも書いとけ。」
「わかりました。それから、帰りににじのゆめに寄りませんか?」
「ああ。そろそろ顔出さないとな。植杉さんにアポ取っておいた方がいいんじゃないか?」
「スケジュールの進行がどうなるかによって、にじのゆめに寄れる日が変わってくると思うので、また後日アポ取ってみます。」




