238. 竹内夫妻宅
2人はハンバーグ専門店・太陽へと向かっていた。そろそろ閉店時刻だ。
案の定、店の中には客はおらず、文彦と涼香はせっせと閉店作業をしている。
カランコロン。店のドアを開けて、百合華と怜は入った。
百合華が「手伝いましょうか?」と声をかけると、「じゃあモップがけお願い」と、モップを渡された。
「穂積君は背が高いから、ドアのガラスを上から拭いて、その上を乾布巾で拭いてくれると助かるわ。」
と、2枚の布巾を手渡した。
4人で黙々と作業を終えた。
「車はこのまま、店の駐車場に停めといていいよ。」
文彦が怜に言った。
「にしても、渋い車乗ってるな、ボルボか〜。どれ位走ってんの?」
「15万kmくらい。でもまだ現役でいけますよ。」
「15万?すげえな…。」
「じゃ、そろそろ行きましょっか。」
涼香の掛け声で、4人は竹内たちの住むマンションに移動した。
エントランスの煌めき具合に怜は圧倒されていた。
「凄いですよね。」
「俺には無縁の世界だ…。」
2人に会話にふふっと微笑んで涼香はオートロックを解除した。
3階にある2人の部屋に4人は入った。
順番にシャワーを浴び、風呂上がりのビールで乾杯した。
「よく来てくれた。2人ともだ。」
「本当。嬉しいわ。」
「色々ご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします。」
「お願いします…。これ、つまらないものですが…。」
怜が西脇まんじゅうを手渡した。
「お気遣い、ありがとうございます。穂積君、表情が固いわ。リラックスして、数日間我が家だと思って。」
「ありがとうございます。」
「穂積君、私の方が年下よ?敬語はいいわ。無礼講でいきましょ。」
「あ、そうなんだ。」
「やっぱ覚えてねえか〜流石に俺のことは覚えてねえよな。百合華ちゃん僕らの話、怜君にしてないの?」
「ちょっとだけしました。でも確か口論の後か何かで、詳しく教えられないまま来てしまったと思います。すみません。」
「百合華ちゃんが謝ることじゃないよ。穂積君、突然こんな話切り出されても困ると思うけど、言わせてね。私、蓮君と1年生の時…同じクラスだったの。」
「蓮と!」
「そう、同級生のクラスメイトだったの。」
「信じられない……そうか、そういえば倉木言ってたよな、蓮の同級生が何とかって……。」
「俺の話は?通ってないの?俺は怜君の2つ年上。君の存在はしっかり覚えてたよ?」
「汚くてみすぼらしい給食狙いの俺か……。」
「そんな言い方するなよ。確かにそういう話はした。でも事情があったんだろ?今は今だ。お前はそんなに立派に育ってるじゃないか。ここ、五谷に戻るのだって、相当な覚悟の上だろ?すげえ勇気じゃねえか。誇りを持って欲しいな、俺は。」
「確か、授業は受けてなかったよね?」
涼香が尋ねた。
「ああ、受けてない。蓮のことで覚えてることは?」
「やっぱりぱっと思いつくのは、あの赤毛の天然パーマ。目は日本人とそう変わらない茶色だったと思う。笑うと二カーッと顔全体を使って笑うし、怒る時は椅子振り回したりして危なっかしかった印象…かな。」
「あいつ、他の生徒が残した給食、奪ってただろ?」
「そうそう。残してた給食じゃなくて、残してない給食まで奪ってた。」
一同に笑いが起こった。
「でもさ、それだけ必死だったんだね。私は詳しくは知らないけど、蓮君はすごく必死に生きているイメージがあるんだ。誰よりも必死に。」
「お前らの事情が理解できてれば、何かできたかも知れないって、本当、意味無いことだけど涼香と考えてたんだ。」
「気づいてあげられなくて、ごめんね。」
「倉木、蓮ともものことは言ってないのか?」
「すみません、まだ、お伝えするタイミングが無くて…。」
「じゃあその話は…明日にしないか。長くなる。」
怜は疲労が蓄積しているのだろう。それに加えて自身のトラウマの町に戻って来ているのだ。決してそうではないように振舞っていたが神経過敏で1日を過ごしてきたに違いない。これ以上負担のかかる会話は怜に酷だ。
「そうですね、私も今日は少し疲れてしまいました。」
「そうだよな、アチコチ回って来たんだろ?もう休もうか。」
「あのー、百合華ちゃん、怜君、うち…新しいけど部屋数は少なくて、客間は一つしかないの。布団は…2つ、分けてあるから……」
全員が苦笑したまま、就寝の準備をした。
 




