236. 太陽
小学校や図書館でゆっくりしていた為、ハンバーグ専門店・太陽に着いたのは19時近くになっていた。
ドアを開けるといつものカランコロンという鈴の音が鳴り、同時に竹内文彦の太い声が響き渡る。「らっしゃいませー。」
目の前のハンバーグから目を上げ、百合華を見ると文彦の目が細くなり、満面の笑みに変化した。そして百合華の後ろにいる背の高い人物を把握したらしい。うんうん、と1人頷いていた。
文彦の妻、涼香は接客をしており、2人が入店した時はちらっと見ただけだったが、接客が終わると文彦に注文内容を伝え、伝票を吊るし、百合華と怜に近づいた。
「いらっしゃいませ。待ってたわよ。2人ともハンバーグでいいかしら?」
「はい、お願いします。」
「穂積怜さんね。竹内文彦の妻、涼香です。よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
怜を見上げる涼香は、LINEでの反応とは打って変わって冷静だった。他の客の前だからだろう。
「カウンターでいい?」
「はい。」
2人はカウンターに案内され、メニューを渡された。
月曜の早めの時間なだけあって、来ている客は比較的少なめだった。それでも常連と思しき客は何人もいて、涼香が親しげに話をしている。
カウンターに座ると、目の前に竹内文彦が来た。先ほど鉄板で焼いていたハンバーグは、すでに客のもとに運ばれたようだ。鉄板の上は今は何も乗っていない。
「うん、お似合いだ。」
それが文彦の最初の言葉だった。
「穂積怜君。会いたかったよ。」
「はじめまして。」
「うちの女房が、君の写真を見てキャーキャー言ってたよ。でも実物の方が男前だな。さてさて、注文は何にする。」
2人はメニューを見る。百合華は何度も来ているので慣れていたが、怜は初めての注文のため、ふふっと笑った。
「どうした?」
文彦が聞くと、
「どのハンバーグにも『おいしい』ってついてる。」
「だって、おいしいんだからおいしいって書いたっていいだろ?」
怜と文彦はにやけた。
「じゃあ、俺、この『国産おいしいハンバーグチーズ乗せLサイズ』で。」
「Lって結構でかいけど、いけるか?」
「遠慮なく。」
「よっしゃ、『おいしいL』いっちょ。百合華ちゃんは?」
「私は…同じく『国産おいしいハンバーグチーズ乗せ』の普通サイズで。」
「びっくりした、Lっていうのかと思ったよ。」
「お腹はペコペコです。」
「よしっ、じゃあ最高のハンバーグで至福のひと時をどうぞ。」
文彦はハンバーグを作り始めた。
「うまそうだな……」
「私、調査で何度も竹内夫妻にはお世話になっているんです。実は今回の旅でも、何泊かさせていただくことになっています。」
「え!泊まらせてもらうの?俺聞いてないんだけど…そういうことは早くいえよ。」
「きっと大丈夫ですよ、西脇まんじゅうもあるし、涼香さんもきっと喜ぶ。」
「俺はてっきり野宿でもするのかと思ってた。」
「怖いじゃないですか…。」
「俺人んち泊まるの初めてだよ。」
「緊張してるんですか?」
「…………。」
あっという間に注文したハンバーグが鉄板の皿に乗って目の前に置かれた。ジュージューという音を立てて湯気を上げている。セットでサラダとスープとご飯がついている。
「じゃ、いただきます。」
怜が文彦の顔をみて言った。
「おう。」
切り口を入れると溢れ出す肉汁に、食欲を誘う香り。
「ただのハンバーグじゃないんだ、色んなスパイスをオリジナルで配合して、肉の旨味をじゃましない程度にまぜてある。」
文彦が言った。
一口ハンバーグを口に入れ、「うま!」と言った怜は、文彦が目を見張る程のスピードで『おいしいハンバーグチーズ乗せL』を平らげた。
「なんだ、もう一個Lサイズ食えそうだな。」
「うまかった…」
「そりゃ何よりだ、はっははっは!」
百合華のハンバーグはまだ半分も進んでいない。百合華が遅いのではない。怜が早過ぎるのだ。
「2人とも、ゆっくりしてってくれ。店閉まるまでは時間があるから、どこかで時間潰してもいいし、ここで待っててくれても構わないよ。」
「わかりました。ありがとうございます。怜さん、どうします?」
「この辺をちょっと散歩してみたいな。」
「じゃあ、そうしましょっか。文彦さん、閉店までには戻りますね。」
「あいよ。」




