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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第15章 二人旅
203/232

233. 五谷小学校・2

 怜の話を聞いて、百合華は胸が痛かった。怜の早食いは、誰かに横取りされないよう必死に早く食べているものだと思っていたが、実際は怜の帰りを待っているももの為に早食いをしていたのだ。その名残が今でもある…。妹思いの優しい少年だったのだ、怜は。


「俺、小学校の授業をまともに受けたことが無いんだ。」


「そうなんですね。」


「ああ。今やってみてくれよ、どんな感じなのか。お前が先生で、俺が生徒だ。」


「急な展開ですね…。」


 戸惑いつつも、百合華は教団に立ち、チョークを手に持った。


「うーん。じゃあ、小学校レベルかどうかはわかりませんが、今思いついたので今日はこのことわざについて学びたいと思います。」


「やる気満々じゃねえか。」


「穂積君!授業中は静かに。」


「はいはい。」


「はいは1度でいいです!」


「そんな細かいこと指導されんの?」


「先生によります。」


 百合華は笑い、それにつられて怜も笑った。


「今日のことわざは難しいですよ?英語のことわざです。」


「小学校で英語なんて習うのか」


「今時は習うみたいですよ。」


「ふーん。で、何のことわざですか先生。」


「今日のことわざは、


 "Where there is a will, there is a way."


 このことわざです。意味わかる人手をあげてください。」


 百合華はチョークで黒板に英語を書いた。


「はい。」


「はい、穂積君。」


「意志…あるところには道がある?」


「そう、正解です。意志あるところに道あり。強い意志をもってすれば必ず道は開ける、そういう意味ですね。穂積君は正解だったので拍手。」


 百合華は一生懸命拍手した。


「このことわざ、日本語でも似たようなものがあります。何かわかる人いますか?」


「わかりませーん」


 再びチョークを持ち、黒板に向かう。


「誰もわかりませんか。いいでしょう。この言葉を聞いたことがある人はいませんか?


 ”為せば成る為さねば成らぬ何事も”


 どんなことでも強い意志を持って挑めば必ず成就する。そういう意味です。さっきの英語のことわざと意味は似ていますね。」


 怜は黙っていた。

 百合華は敢えてこれらのことわざを選んだ。小学校の授業では習わないかも知れない。しかし、今の怜と百合華には重い意味を含む、励みとなることわざだ。


 途中で諦めるのは簡単だ、しかし2人はやり遂げてみせる。その気持ちを、この【授業】で怜に伝えたかった。その気持ちはきっと怜に通じているに違いない。怜は黒板に書かれた文字をなんども呟いていた。


「へえ。小学校の授業ってこんな感じか。」


「いや、私は適当にアレンジしたので、こんな感じじゃないと思います。」


「いいんだよアレンジで。こうして小学校の小さな椅子に座って、机について、黒板を見て授業を受ける。この当たり前のことが、俺の場合すっぽり抜けてしまっていたから。この6年3組で、倉木先生流個人授業を受けれて、良かったよ。」


 窓の外を見ていた百合華が突然言った。


「怜さん」


「何だ。」


「校庭へ出ましょう。」


「え?」


 2人で校庭に出ると、誰もいなかった。

 体育の授業用だろうか、徒競走用の白線のトラックがある。一周200m程だろうか。


「穂積君、次は体育の授業です。」


「あ、まだやるの。」


「あなたは小学校の校庭を全速力で走ったことがありますか?」


「ない。です。」


「では今から走ります。位置について…」


「え、位置ってどこだよ。ああ、これか。」


 百合華も位置につく。


「用意、どん!」


 2人で同時にスタートを切った。一緒に来るとは思わなかったのか怜は一瞬百合華の顔を見た。そこから怜の猛ダッシュが始まった。怜がゴールする頃、百合華はまだトラックの半分を走っているところだった。


 百合華は息が切れたまま暫く動けなかった。


「情けないなあ、俺より随分若いくせに。」


 百合華はまだ喋れない。


「俺が住んでいたコーポ室井は、学校から離れてたんだ。いつも、ももが安全か確認するために、俺と蓮は全速力で帰っていた。食後だから腹が痛い時もあったなあ…。元々なのか、その習慣の効果なのか、足の早さには自信がある。」


 ようやく百合華の息が整ってきた。


「なるほど。私は自分の運動不足に気づかされました。」


「どうせ小学生の頃から男子の視線を気にしてアイドルみたいに走ってたんだろ。」


「アイドルみたいに走るという意味はわかりませんが、当たってます。」


 百合華は校庭でおもむろに、仰向けに寝転がった。


「何してんだよ。」


「空が青いですよ。眩しいけど。」


 怜も仰向けになった。土の硬さと柔らかさ、両方を背中で感じた。


「広いな。空。」



「さ、立ち上がって下さい。大変なことになってますよ。」


 体の背面が土埃だらけになった2人は、苦笑しながらお互いの背中を(はた)いて土を落としていた。どこかで小学生が見てませんように。

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