226. 怜自宅・5
織田夫妻は怜のアパートから帰って行った。早速、怜と百合華の旅計画を立てろということらしい。
「本当にいいんですか?」
「何が。」
「この旅。怜さんが行く気になるとは思いませんでした。断られる前提で来たから驚きました。」
「俺なりに色々考えたんだよ。前にお前に言われただろ、『はぐらかして逃げようったってそう簡単にはいかない』って。俺は自分の人生から逃げていた。お前の【調査】は俺にその事実を教えてくれた気がする。」
「怜さん、1つ良いですか。」
「何。」
「私が調査をするきっかけになったのは、私が以前怜さんに『人の気持ちなんかわかってない、クズでナルシストだ』と言われたことでした。あの時、何も知らなかったとは言え、怜さんの心の傷をえぐるようなプライベートなことばかり質問し続けた私は確かに、人としてクズだったと思うし、今では考えられないくらい、恥ずかしいくらい、ナルシストだったと思います。そして、怜さんの気持ちは微塵もわかっていなかった。
でも今回の調査を経て、怜さんが生き延びてきた軌跡を辿って、前よりは怜さんの気持ちがわかるようになったと思います。
冗談抜きで、尊敬しています。凄いと思います。
あの時、怜さんを怒らせるような言動を取ってしまったことを、今なら本音で謝罪することができると思っています。
怜さん、傷つけてしまって、本当にごめんなさい。」
「いいんだ。あの時は俺も言い過ぎた。」
「謝罪は受理された…と考えて良いんでしょうか…」
「いいよ。何にせよ、お前は課題を達成した。途中で放棄すると思っていたのに、やり遂げた。お前には何の文句もない。」
「よかった……」
「ところで、人の人生を追うというのは、どんな感じだった?」
「これが、相手が怜さんじゃなかったら、わかりません。怜さんじゃなくても、人の人生山あり谷ありですから、衝撃を受けることはあるかも知れません。でも怜さんの人生は悲しかった。重くて暗かった。でも絶望の中に、ちらつく光は見えました。例えば、植杉さんや織田夫妻との出逢い。【にじのゆめ】での、楽しかったひと時。車のドアを開けられた瞬間…。
苦しい出来事の方が多かったと思います。それでも生きてきた。自暴自棄になる気持ちもわかりました。この人生一体何なんだって、きっと思うのが自然なんだと思います。
それを、変えに行きましょう。どう転ぶかは私にもわかりません。でも一緒に探しにいきましょう。生きていく意味を。」
「いい年して、お前に自分の苦しみを味あわせ、その上自分の生きていく意味を一緒に探しにいかせるなんて、情けないよな。」
「怜さんらしくない。私の自分磨きの旅はまだ終わっていないんです。まだまだこれからです。」
「それで、いつ行く?」
「この週末で準備して、週明けに出るのでどうでしょうか?」
「わかった。準備しておくよ。」
「怜さん。」
「何。」
「織田夫妻の家まで送ってもらえませんか。ボルボ240エステートで。」
「任せろ。」