225. 怜自宅・4
翌日13時過ぎ、織田夫妻と百合華が怜のアパートにやって来た。
「みんなでデザートでも食べようと思ってシュークリーム買って来たの。怜はどうせ食べないんでしょうけど。」
「わかってるなら買ってくるなよ。」
「恭太郎さんが3つ食べるのよ。」
優子は箱入りのシュークリームをリビングのローテーブルに置いて、恭太郎と百合華と自分用に分けた。
「怜、コーヒー淹れてちょうだい。」
「好き放題だな。」
怜は豆を挽き、ゆっくりと円を描くように湯を落とす。湯は漆黒に変わり、その液体がグラスに溜まっていく。豆から漂うコーヒーの香りが皆をリラックスさせる。コーヒーを淹れると、怜のお気に入りであるマット仕上げのコーヒーカップに4人分に分けた。
「ありがとうございます。」
怜は一番最初に百合華にコーヒーを出した。
3人はデザートを食べながらコーヒーを飲んでいる。怜はブラックのコーヒーを覗き込んでそこに映る自分を見ていた。俺は実態の無い虚像なんだ。以前百合華に言った言葉だ。ここに映るのは実態か、虚像か…。
怜も昨晩、散々考えた。この話がこのタイミングで出て来たこと自体が運命なのではないか、とも思った。
ただ、気持ちとしてはやはり躊躇してしまう。
今まで生きてきて、一生懸命取り組んだことは何個かある。バーテンダーの仕事をするにあたって、練習も勉強も必死に取り組んだ。
無理だと思っていた車にも、一歩一歩練習を重ねて、今では運転もできるようになった。
自分は本当に人生を諦めているのだろうか。
これ以上積極的に前に進むことを拒んでいる自分は、もしかしたら、蓮ともものせいにしてしまっているのではないか。
それを蓮とももは、喜ぶのだろうか…。
ずっとわからなかった。蓮とももが、怜に何を求めているのか。でも月日が経ち、自分は生きている。自分が幸せを掴むことが、弟たちの望むことなら……
この心の傷を、乗り越えなければならない……
不安定ながらも、怜の結論はほぼ決まっていた。
百合華とともに行動するというのは自分にとって必要なのかよく解らなかったが、現在の五谷の街並みについては怜よりも倉木の方が詳しいかも知れない。
それに何となく心強い気もした。
「それで、ご両人、昨日の提案への答えは出たかな?」
恭太郎が口についたカスタードクリームをティッシュで拭きながら尋ねた。
「2人に同時に聞いても答えられないでしょ、じゃあ、先に怜の意見から聞きましょうか?」
「俺は正直迷った。けど…行ってみる価値はあると判断した。」
怜以外の3人は、あっさりとした怜の回答に驚いたらしい。目を丸くしている。
「なんだよ、やっぱり辞めといた方がいいのか?」
「違うよ、お前の英断に感服しているんだ。」
「それで、倉木は?」
怜が百合華の目をみつめ聞いた。
「私も決めかねていました。決めるのは今日にしようと思っていました。怜さんが行く、と言うのであれば、私もこの旅にお供します。」
「良かった。これで決まりだ。ここから先は、怜と倉木さんで相談し合って旅の計画を練ってくれ。僕が言い出したことだから、会社のことは気にするな。ただ、一週間以内にして欲しい。あまり長期間だとさすがに仕事に支障が出てくるからな。困ったことがあれば、何でも相談してくれ。出来る限りの協力はする。」
「ありがとうございます。私も、五谷にはツテがあるので、連絡してみたいと思います。」