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瞳洸(どうこう)  作者: 内山潤
第14章 親子
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223. 怜自宅・2

「ケリをつけるも何も、俺は今の日常で満足してるよ。」


 手に持っていた缶ビールをローテーブルに置き、恭太郎は姿勢ごとゆっくり怜の方を向いた。


「それは本気で言っているのか?」


 本気ではなかった。心配をかけたくない訳でもない。ただ、怜の心の奥底に溜まった(おり)はそう簡単に消えるものではないと確信して生きてきた。


 人生に満足などしたことは無い。満足というものが何なのか、怜にはわからなかった。


「ああ、本気だよ。もういいだろう、こんな話面白く無い。」


 今度は恭太郎が黙ってしまった。その沈黙には明らかな怒りが含まれていた。怒りを抑えようとしている恭太郎の気配を怜は感じ取っていた。


「お前はどこまで逃げるんだ……」


 恭太郎の声には張りがなくなり、部屋の空気が暗く重く変化していく。怜は百合華に怒鳴られた言葉を思い出していた。


(そうやってはぐらかして逃げようったって、そう簡単にはいきませんよ)


「逃げてない…」



「僕は……怜。お前という息子ができて、人生が変わった。お前は人とは違った人生を送ってきた難しい子だった。最初は生かしておくだけで精一杯だった。僕はお前が愛しいのと同時に怖かったんだ。失う怖さを、お前は教えてくれた。


 お前を失うのではないかという恐怖から解放されるまでは、僕は父親になりきれなかったと思う。目の前のことで必死で、お前の心に気持ちを集中してやれなかったと思うんだ。


 それでもわかっていて欲しい。お前がどれだけ、僕や優子のことを他人だと思っていたとしても、僕と優子は、お前に出会った時からずっとお前を愛していた。

 愛されていないとわかっていながら、僕らはお前を愛していたんだ。


 こうして20年間、お前とともに生きてきて、少しは父親らしくなれたかな…って自分では思う。でも不十分なのはわかっているんだ。許してくれ。僕にもわからないんだ、どうしたらお前の良き父になれるのかが。

 それはまるで、お前が、どうしたら人を愛せるのかがわからないように。


 お前はもがいているのを知っている。1人、暗闇の中、苦しみや葛藤とともに愛とは何かを考え続けてきたんだと思う。

 自覚は無いかも知れない、けど僕はそう思うんだ。お前は努力し続けてきた。


 恨みや妬みは簡単に生じるが、それに比べて、人を愛するということは、とても労力の要る大変なことだと僕は思う。


 僕は優子という伴侶を愛している。怜という息子を愛している。愛という言葉の意味を、感覚で理解できる。


 お前は、蓮君とももちゃんを愛していた。いや、愛している。愛が強すぎて、自分を責めすぎて、他人を愛することを自分で禁じているように僕には見える。


 お前には愛する能力が無いわけじゃないんだ。自分に厳しくなり過ぎているだけなんだよ。


 お前が抱えている大きな傷跡を埋めてあげられる親になりたかった。泣きわめくお前が最初に頼れる人間になりたかった。お前が本心で信用できる人間になりたかった。僕が大丈夫だよと言えば、それで安心してくれるような、そんな存在になりたかった。


 ああ、涙が出てきてしまったよ。


 でも結局どうだ。僕はそのどれにもなれなかったんじゃないか。努力はしたんだ、怜。僕はこれからだって諦めない。親だから。お前の親だから。」


「父さんは…よく頑張ってくれたよ……感謝してる。」


「まだ、足りないんだ。お前の閉ざされた心を開けることができていない。お前がわからないことを、わかるように説明してやることができていない。


 たらればを語っても仕方ないのはわかっている。でも過去の、小学生のお前に出会えていたらと何度も思った。お前を救えていたら、今のお前はきっともっと、呪縛から解放されて自由だから。


 たくさん笑って、たくさん食べて、たくさん遊んで、たくさん叱られて、そんな子供時代を過ごさせてやりたかったよ…。


 お前は今日までよく頑張った。うまくいかないと思うことがあるとすれば、それは決してお前のせいじゃない。いいか?お前のせいじゃないんだ。


 これから先の人生、お前が、近親者だけではなくもっと多くの人を信じ、もっと深く愛することができるようになって欲しい。それが僕の、心からの願いなんだ。それができれば、もう心残りはない。


 僕は今がチャンスだと思っている。怜が変わるためには、今しかないと考えている。でもその為には、お前自身が変わりたいという気持ちを持っていないと無理だ。


 倉木さんはお前に言われた言葉を受けて、自分を変えたいと思って調査を続けていた。実際に彼女は随分変わったじゃないか。前とは違う魅力で輝いていると僕は思う。


 怜、お前も変われるんだ。もう遅いなんてことはない。ただ、今が一番良いチャンスなんじゃないかと思うんだ。倉木さんが先導を切ってくれた。体を張って、心を大きく揺さぶられながら。」




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